三成の屋敷に招待され、またも夜通し語り合ってしまった。少し島殿には悪いかもしれないが、これは私にとってたまの楽しみなので大目に見てくれるとありがたい(私のいる屋敷と三成の屋敷は目と鼻の先であるからこそ、夜通し語り合うということができるのだが、やはり互いの様子を見ないといけないからな)。
少し無理を言って出てきたものだから、日も昇って大して時間も経っていないころ、またも無理を言って出てきた。三成はまだ寝ているのか見送りには来ていなかったが、もう存分に顔を突き合わせて語ったのだし、十分満足している。
馬を使う必要もないほど近いし、目覚まし代わりに腕を振り回しながら歩いていると、道端でしゃがみ込んでこそこそとなにかをしている人間がいた。これはとても怪しい。こんな早朝に道端で、こんな場所で。
「そのようなところで何をしている」
声をかけると、その人間は飛び上がりゆっくりと振り返る。普段ならばその行動は怪しく、なにか工作でもしているのではないかと詰め寄るのだが、今回はそんなことをする必要はまったくなかった。
「おや、三成。なにをしているのだ?」
「……兼続か。なんでもない、あっちへ行け」
その人間は三成であった。まだ寝ていると思ったのだが、どうやら私よりも早くに起きてこんなところに居たようだ。それならば見送りに来なくても当然。
三成はしっしっ、と動物でも追い払うように手を振り、また元のようにしゃがみ込んでしまった。私がなぜここにいるかということにも興味がないらしく、いやむしろさっさと私にどこかへ行ってほしいようで、突っ立っている私を迷惑そうに見上げてくる。
「いやなに、私は今から帰るところだったのだがな。三成に挨拶のひとつでもしようかと」
「もう帰るのか? 随分早いな」
「ああ。少し無理を言って来てしまったからな。早くに帰ると約束してしまったのだ」
「そうか。じゃあ、また会おう」
ちょこん、と頭を下げて三成はすぐに元のように視線を地面に落としてしまった。随分と素っ気ないことだ。
そこまで徹底的にあしらわれると、三成がなにをしているのかさらに気になってしかたがなくなってしまい、一歩、三成に近づいた。すると三成はまるで猫かなにかのように機敏に構える。そこに何があるのか、さらに気になってくる。
「なぜ帰らぬ」
「三成が気になるからだな」
「なんでもない」
「なんでもなければ教えてくれたっていいではないか」
「なんでもないから教えることもない」
そんな問答を繰り返した後、また一歩近づく。すると三成は敵意すらにじむ目で睨み付けてくる。沽券に関わるようなことでもあるのだろうか。
しかしその謎もすぐに解決した。
にい、と三成から音が聞こえたのだ。いや、正確には三成が必死に隠しているそこから。
「……猫か?」
「はっ、腹の音だ! いやあ散歩をしたら腹が減ってしまうな!」
「嘘は下手なのだから無理してつくこともなかろう。そこに猫がいるのだな?」
「……悪いか」
「悪いわけないであろう。猫はかわいいではないか。ほれ、ナンコロおいでやおいで」
「勝手に変な名前をつけるな」
三成の股の下から、ひょこっと猫が顔を出す。見たところ子猫のようだ。
顔を真っ赤にして三成は顔を背けるが、そこまで恥ずかしがることでもなかろうに。猫を愛する心を持つことが悪い訳なかろう。
「ほーら、いい子だ。お前は素直だな」
やってきたナンコロを抱き上げて、三成に見せる。口を尖らせて、何も言わない。怒っているというよりも、拗ねている。変なところでへそを曲げるやつだ。
ふとナンコロの尾を見ると、不自然に先が曲がっている上に、短い。人間にいじめられたのか、それとも猫同士の喧嘩でもしたのだろうか。見たところ血も出ていないし、古い傷なのだろう。
「随分、人に懐くな」
「ああ……。結構前から構っているから……。餌、やったり、水とか持ってきたり……。忙しいから昼間と夜は構えないから、こうして、早朝に」
「ふうむ。猫に構うのはいいんだが、三成、ちゃんと寝ているのかあ? お前はいっつも夜遅くまで仕事仕事で寝ないと島殿がぼやいたぞ」
「無茶ができるのは若いうちだけだからな」
「若いうちから無茶していると、長生き出来んぞ」
「気をつけてはいる。体に悪いというものは取っていない」
「柿もよくないぞ。痰の毒で、腹も冷える」
「そうなのか? それは初めて聞いたな。覚えておこう」
ナンコロを肩に乗せてみると、やんちゃにも頭によじ登って髪の毛をむしり始めた。これがまた地味に痛い。
「ふ……」
「あ、三成、笑ったなっ、笑ったであろう!」
「それより兼続、帰らなくてもいいのか? 結構時間も経っただろう」
「む、しまった。じゃあな三成。また今度、語り合おう」
「あっ、お前、ナンコロ返せ!」
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03/07
(九月の最後に書いた話でした。三部構成くらいになるよ)