[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。













「よう三成、遅かったな」
「か……ねつぐ……」

早朝、日が斜めに差し込んでくるころ、ナンコロを指先で弄んでいると三成がやってきた。手には餌を入れているらしい器がある。
まさかの私の待ち伏せに言葉も出ないようで、目を丸々とさせて私とナンコロを見比べる。それほど見つめられると穴が開きそうというか、溶けそうというか、目力で殺されそうだ。

「昨日言っていたからな。ナンコロの可愛さに負けて来てしまったよ」

どこか余所余所しい大人というものの関係よりも、無邪気に信じ、懐いてくるナンコロのほうがよっぽど可愛らしい。いや、上杉の皆は愛しているのだが、その他だその他。三成とか幸村以外のその他。
三成は荒々しく器を地面に置き、厠のようなしゃがみ方で私をひどい目つきで睨んでくる。どうやらよほど、自分が猫を可愛がっているところを見られるのが嫌のようだ。それも三成らしいといえばそれまでだが、もう少しそういうお茶目なところを他の人に知られてもいいと思うのだが。

「で?」
「で?」
「俺が猫を構うのがそんっなにおかしいか? 猫を構っているのはだな、決して俺が好きでやっているのではなくてな、毎朝の散歩のときにこれみよがしにこいつが寝そべっているからしかたなく餌を持ってきて……」
「あっははっ、昨日と言っていることが違うではないか。それに、一日かけて考えた言い訳がそれか」
「わっ、笑うな!」

顔を真っ赤にして三成は私の胸倉をつかむ。どうにも迫力がない顔だ。私はまた笑った。
驚いたナンコロはすばやく塀を越えてどこかへ走り去ってしまった。

「あ、ばか! お前のせいでナンコロがどこかに行ってしまったではないか!」
「ま、まあまあ。もともと野良なのだろう? ならばひとりでも平気だろう。どこかでなにかを捕まえて食べるだろう。それにお前とて毎日来ていた訳ではなかろう」
「……それはそうだが」
「しかし、どうして私のせいなのだ?」

そう聞き返すと、三成は一気に脱力して胸倉をつかむ手を離した(変なことを言ったつもりはないのだがなあ)。
首をかしげていると、追い討ちのつもりなのか「ばーか」という声が聞こえてきた。三成は、どうしてかこういった子供じみた反撃をする。それがまた人によって、可愛らしいやつだ、とも思えば、小生意気なやつだ、とも思われる。だが私はそういう三成の気質が気に入っている。子供というのは一見複雑だが、一度開いてしまえばひとつのことのみに従順な、単純なものだ。三成も例に漏れず、そういう子供だ。三成と対立する人間も、ある意味では子供なのだろう(かといって私が大人かといえばそういう訳でもないのだろうが)。
そんなことをぼんやりと思考していると、目の前に器が差し出された。三成がナンコロ用に持ってきたものだ。器の中には小さくほぐされた魚と、米、山菜が入っている。

「食うか?」

私が怒ったとでも思ったのだろうか。また、怒ったとしてもこれで機嫌を直すとでも思ったのだろうか。本当におもしろいやつだ。いくらなんでも、猫のために持ってきた飯を差し出すなんて。気分を悪くするわけではないが、少し呆気に取られてしまった。
三成を見ると、口をもごもごさせている。少しつまんだらしい。

「……いや、三成の方が食いしん坊だからな。遠慮するな」
「なっ……、ばーかばーかばーか。別に腹なんて減っていないぞ。ただ、ちゃんと食えるものだということを証明しただけで……」

すると、良い按配に三成の腹から控えめな音が鳴る。また顔を真っ赤にした三成は顔を逸らして、「膝が鳴った!」と言い張った。

「ははっ、膝か。そうか膝か」
「疑っているな」
「いや、私の膝は『ぽきっ』とか『ぴきっ』と鳴るものだからな。そうか、三成の腹は『ぐう』と鳴るのか。これはいい土産話が出来た」
「この……、痴れ者め」

どうやら本当にへそを曲げてしまったようで、むきになって言い返すこともせず、ぶすっくれた声音で(きっと表情もぶすくれている)ため息をついた。

「いや、すまなかった。あまりにおもしろいのでな、からかってしまった」
「ふん。どうせ俺は猫を可愛がるのが似合わない嫌われ者の治部少輔だ」
「どうしてそうなる」

厄介な開き直り方をしている。自分の短所(私は好きなのだが)を散々周囲に言われ、そうと自覚してなお、そこに居座っている。それでも不思議な魅力のある男だとは思うのだが、そうは思わない人間がいるのもまた事実。そして、そうは思わない人間が随分と多いのも事実だ。
人望がないから嫌われる、と言うが、逆説的に捉えてみよう。
いつでも、賛同のみを得られることなどありえはしないのだ。必ず反発が起こるのだ。また、負の面であろうと人の目に留まるということもまた、ある種の人望なのだと。

「んー……、私も腹が減ってきたな。そろそろ帰るか」
「あ……」

場を仕切りなおしたところで、三成が言いにくそうに口をまごつかせる。なにかを言いたい目をしているが、随分と迷っている目だ。こういうしぐさをあまり見せない分、いったいなにを言い出すのかという緊張が走る(まあ、この場でそれほど重大なことを言うとは思わないが)。
何度か言おうと口を開きかけるが、そのたびに視線を逸らして口を閉じてしまう。いい加減じれったい気持ちに苛まされる。

「なんだ三成、はっきり言ってくれないか。そろそろ心臓が破裂するぞ」
「あー……、まあ、良かったら……、こっちに来る? か? ひとり分くらいなら用意させられるし……」
「……」

驚いた。三成に朝から食事のお誘いをもらってしまった。
さっきのことでも気にしているのだろうか。しきりに「良かったらでいいのだからな。無理強いはしていない」と何度も繰り返している。変なところで臆病になるんだな。そう言ったらまた怒るのだろうが。

「そうだな。せっかくだからいただいていこうか。邪魔をする」
「べ、別に。俺が誘ったのだから」









03/17
(九月の最後に書いた話でした。三部構成くらいになるよ)