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「さ……、さすがに不気味ですねえ」
「不気味で済ます問題か! これはなにか、事件のニオイがする」
「お、警察犬らしくなってきたな」
「じゃあかあしい!」
青年は金髪の男同様に失神していたので救急車を呼び、搬送されていった。一日に二度も救急車がやってくるなんてと近隣の人は不審がっているようだ。それも、一時間と間を置かずにだから、野次馬がちらほらと現れる。
これで店内に穴が二つできてしまった。
さすがに危機感を持ったのか双子は妙に浮ついている。そして警察犬の人も本腰を入れそうだ。
「されど、あんみつがな……」
「あの、よかったら俺のをどうぞ。まだ手をつけていませんので」
「む……、い、いいのか? いや、ジジイなぞと言ってすまなかった」
そういえばそう言われたな。この怪奇事件があまりにインパクトが強すぎて忘れていた。俺がジジイ呼ばわりされることも無論重要ではあるが、このシンクロ事件には遠く及ばない。
「あ……ま、待て山犬。お前のは今ここに用意して……」
兼続さんが焦ってあんみつを出すが、既に警察犬の人は俺のあんみつに手をつけている。そういや、白蜜でよかったのだろうか。好みの分かれる問題だ。
あんみつを頬張る警察犬の人をもどかしげに睨み、三成さんはドンとカウンターを叩く。
「警察犬よ、あんみつが食べ終わったらチャキチャキこの謎を解決してほしい。変な噂など立てられてしまったらこちらとしては大損害なのだ」
「わあっとるわい。一件のみならば事件性なしで済んだものを……、なぜ二人続けてこんなことになるんだか……。ちょーどいい。食べながら事情聴取させてもらう。まず、二人の接点を調べる」
「慶次と幸村は、私と三成の友人だな。二人の間に直接交流があったかどうかは知らない」
「ならば、二人があのような行動に至った原因っちゅうものに心当たりはありませんか?」
「それが分からないから首をかしげているのだ」
「でしょうねえ」
思い当たる節があるのならそれはそれでどうかと思うものだ。『そういえば小さい頃、シンクロの選手になりたがっていた』なんて言われた日には目も当てられない。
「なんらかの薬物という線もある。薬物によってそういった行動にいたったのか、あるいは薬物の禁断症状なのか……。ここにいる限りすぐに断定はできんが、その可能性もある」
「幸村も慶次も、風邪は寝て治すタイプだ。薬を飲むという姿が想像できない」
「そうだな。二人とも、子供は風の子を地で突っ走ってきた男たちだ」
「なら、宗教という可能性もありうるのでは? いやなに、俺はあの二人をよく知らないんで、飽くまでも第三者的な意見ですが」
「宗教……? 三成、あいつらはどんな宗教だったかな?」
「正月には神社へ初詣へ行き、子供のころには七五三、稚児行列。クリスマスにはプレゼントを交換し、バレンタインデーはチョコをもらい、ハロウィーンには甘いものをねだる。家では神棚を仏壇が共同生活を営んでいる。結婚は……まだしていないが教会であげるかもしれぬ。葬式はまだしていないがおそらく寺でお経をあげてもらうだろう。そして多分自分を無宗教だと思っている」
「つまり、典型的な日本人ということだ」
「宗教という線は薄そう……ですね」
三成さんの皮肉たっぷりな台詞を、兼続さんが一言にまとめてくれた。警察犬の人は白玉をくわえたままぽかんとしている。まさかあんみつを食べているときに日本人の宗教観に対して皮肉じみたことを言われるなんて、誰も思わない。しかし、三成さんにはどことなくこういう口が厳しいイメージがあったので俺はさほど違和感は持たなかった。
まあ宗教という線はもともと重視はしていなかった。どうにも非現実的すぎるからだ。
白玉をノドにつまらせたらしい警察犬の人が盛大にむせながら、なにかを喋ろうとしている。落ち着いてから喋ればいいのに、どういうわけかすぐに話したいようで少し喋ってむせて、を繰り返す。
とりあえず背中をさすってやると、ようやく落ち着いてきたのか二度三度咳払いをし、口を開く。
「お前ら、あいつらに恨みでも買われるようなことをしたのか?」
「そんなことは、ないと思うが」
「こら山犬。私と三成が人に嫌われるようなことをするはずがない」
「その自信はいったいどこから出てくるんじゃ。しかし、そうでもなければこんな常軌を逸した行動、どうやって取るっちゅう話になる」
「そこを捜査するのが警察犬の仕事だろう。職務怠慢で訴えるぞ」
「ケッ」
ああでもないこうでもないと議論を重ねているうちに、厨房の奥から何度か見かけたことのある水色の髪の人間が現れた。陰鬱な表情をし、妙に楽しげに喋るその人間は一度会うとどうにも忘れられない奇妙な存在感がある。
オーナーだ。
「なにがあった」
華奢な体に似合わない野太い声には、威圧感さえある。
双子は事の成り行きをオーナーに話しはじめた。警察犬の人はその間、必死にあんみつをかっこんでいる。よほど腹が減っていたのだろうな。
事情を把握したらしいオーナーはどこか憂鬱げにアゴを撫で、黙り込む。そして一言、こう言った。
「タタリ、だな」
「たっ……、たたり?」
「三成、塩を持ってこい。店先に塩を撒いておけ」
「ちょ、おい、元親。タタリなどという非現実的なものでは解決できんことだぞ。店の信用問題に関わることであるのだ」
「だから塩を撒いておけと言っている。塩を撒けば解決する。俺の地元で取れた塩があるからそれ持ってこい」
オーナーはそれだけ言うと、また厨房の奥にすっこんでしまった。
残ったのは困り果てた双子と、あんみつで口をいっぱいにしながらモゴモゴしている警察犬の人、そしてどうしたものかと考える俺だけだ。
多分、あのオーナーはいわゆる不思議チャンというやつだ。以前に見かけたときも似たような感じだった。俺の葛餅のきなこと塩の割合を逆にしたという前科持ちの人だ。今回も塩がどうこう言っているし、よほど塩が好きなのだろう。
「ともかく、司法解剖待ちだな」
「待て、幸村も慶次も死んでいないぞ」
「あー? 理由のわからない行動をしたときは司法解剖すりゃいいんじゃぼけ。頭の病気か薬で頭がスッカラカンになっているかわかるだろ」
「もしお前の発言が本気ならば日本の警察はとんでもなく無能だということになるのだが」
三成さんの厳しい一言に黙ってしまった警察犬の人は、すっかりたいらげてしまったあんみつの器を置き、ようやく立ち上がった。
「うーん……。他に考えられる理由は?」
「先ほどの話を蒸し返すようですが、やはり薬物という線は捨てがたいかと。薬物の中には人間の潜在能力を一時的に引き出すものもあります。床を掘るなんて簡単に言いますけれど、並大抵の仕業ではございませんで」
「潜在能力……、非現実的だが催眠により、自分の能力を高めることも可能だな。出来ると思い込ませることにより平素よりも高い能力を記録することがある」
「……皆、真剣に話しているところ悪いが、これってそんなに真剣に話すことなのだろうか」
突然、兼続さんが水を差した。
確かに俺も奇妙な事件に年甲斐もなく興味を持って、あれこれとありうる可能性を考えてみたりしたが、兼続さんの言うとおり、我に返るとなんだかばかばかしく思えてくる。
だが人間なんてそんなものだ。穏やかな日常の中にサスペンスを見出したくなるのは性というものである。
「お前、さっきまであんなにノリノリだったのに」
「いやなに、考えてみるとあほくさくなってきた。私たちが考えるのは『なぜ慶次と幸村があのような奇行に走ったのか』よりも『店の床に出来てしまった二つの穴を直すこと』ではないだろうか」
「確かにそうかもしれんが……、幸村も慶次も友なのだ。だからこそどうしてあんな行為にいたったのかを把握して、謝罪と賠償を請求しなくてはならない」
結局、友であろうとなかろうと三成さんは厳しい。それがまた魅力だ。決して自分にも甘くない彼がどうにも危なっかしい。
しかし、本当に正気に返るとくだらない事件だ。妙ではあるが、誰も怪我などしちゃいないし殺されたとか死んだとかではない。警察だって、偶然あんみつを食べに来ていた警察犬の人がいなければ登場しなかっただろう。そう思うと、スリルといえばスリルだが、どうにもまぬけなスリルだ。
俺はここに、葛餅を食べに、そして三成さんと話に来たのだ。それなのにこんなことに巻き込まれて、むしろ俺は憤るべきではないか。
「とりあえず、業者に電話しなくてはならないな。いくらくらいかかるのだろう」
「それは見積もってもらわないとな」
「ああ……、オーナーはあの調子だし、今月は給料上げてもらおう」
オーナーといえば、誰も塩を撒いてなどいないがいいのだろうか(俺が気にする問題ではないけれど)。
ともかくこの件に関しては興醒めしてしまったので、皆散り散りになった。警察犬の人だけは穴の様子を見て、黒い手帳になにやら記している。一応は仕事をしなくちゃならないんだな。どんなくだらない事件でも、形だけでも捜査しなくては税金泥棒呼ばわりされるなんて、シビアな職業だ。
常温にしばらく放置していた葛餅はきっと、冷えているときより美味さは半減だろう。なんだかんだとずっと手をつけられずにいたが、ようやく口の中できなこと塩と黒蜜と葛餅がドラマチックなハーモニーを奏でるときがやってくる。
なんて、うきうきしたのも束の間だった。葛餅を口に含み、やっぱり冷えているほうがいいなんて思った途端、店内で奇妙な音がした。
見ると警察犬の人が床に懸命に穴を開けている。
「ちょ、警察犬の人!」
慌てて呼びかけ、駆け寄った。異変を察知したらしい双子も何事かと顔を見せる。
「アンタまで一体なにをしているんだ!」
俺の制止を振り切ってまで警察犬の人は見事穴を開け、例のごとく見事なシンクロナイズドスイミングを見せてくれた。
一生に一度しかないだろう。一日で三度も、床から生える足を見ることができるのは。
「あ……はあ、はい……すみません。えっと……、穴、二つではなくて三つです。三つになりました」
三成さんは呆けたまま電話口にそう告げた。
「タタリだな」
カウンターからひょっこりと顔を見せたオーナーがそれだけ言って、引っ込んでしまう。
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