「捜査をし始めた人間が消える。これはタタリの王道だ。首をつっこむ人間を始末するタタリだ。兼続、さっさと塩を撒け。タタリを追い払え」

 またひょっこり顔を出したオーナーが、何度かタタリと言い、頭を引っ込める。カウンター越しだからもぐら叩きでも見ているようだ。

「食べ物を粗末にするとはなんたる不義! 断じて塩など撒かぬ!」
「兼続、お前ってそこまで天然だったのか」
「天然塩もある。だから早く撒け」

 オーナーがカウンターから顔を見せ、塩の入った袋を置きシュン、と消える。そんなに塩を撒きたいのだろうか。俺にはわからん心理だ。双子は完全無視を決め込んだようで、二人でぼそぼそとなにやら話しこんでいる。
 警察犬の人が救急車で運ばれて三十分は経った。なにをどこからどう対処したらいいのか未だに悩んでいるようだ。

「これは、タタリなんかじゃありませんねえ。明らかに恣意的なあるいは故意的なものが働いている」
「そうは言うが、さっき十分話しただろう。薬物がどうとか宗教がうんたらと。そう話していた当事者ですらこんなことになって……。一体なにがどうなっているんだ」
「ま、犯人はこの中にいるってやつです」
「は、犯人?」

 信じられない、と言外に含んだ素っ頓狂な声が響く。
 オーナーは興味を持ったのか、顔を見せている。

「待て、島のおっさん。犯人とは言うがな、これは第三者が手を下したものとは到底思えないとは思うが。確かに……三人も同じ行動を取ることは奇妙であるが、第三者がどう手を下したという? なんだ、催眠術だとか言うのか?」
「それは、俺は犯人じゃないからわかりませんけれども。共通点は二つ。三人とも三成さんと兼続さんと以前から顔も見知り、会話する仲であるということ」
「……私と山犬を同列のレベルで考えないでほしいのだが」
「そこはまあ置いといて。二つ目の共通点は、三者ともこの店で出された物を食べたということ」
「……貴様、俺の店に文句をつける気か。三成、塩を撒け」

 オーナーがカッと目を見開き、顔を般若のごとく歪めたまま、引っ込んでしまった。後味が悪い退場の仕方だ。
 三成さんも兼続さんも困惑してお互いの顔を見合っている。俺はかまわず続けた。

「たとえば、何らかの薬剤が食べ物に含まれていたとしたら。それも偶発的に起きたものではない。この店には何人か客が来ていたが三人のみに起こった事態だ。これはつまり、誰かが三人の食べるものに『なにか』を混入させたということにつながる」
「論拠は?」
「いやあ、状況証拠のみですよ。そして、今日は三成さんが接客をしていた。無論、配膳のときに隙を見て何かを混入させることは可能だが、それならば第一のシンクロのときの説明がつかない。なぜなら三成さんは盆を手渡されてすぐにあの男に盆を手渡した。その場面を俺も見ていた。だからこの解釈は成り立たない。オーナーは……」
「多分、冷蔵庫の中を整理していた」
「なら厨房に回っていたのは兼続さん、なにかを混入できたのはアンタだけだ」
「ふん、仮説で他人を犯人にしたてあげるなど、不義の極みである。私は不義が嫌いだ」
「嘘をつくことは不義のうちに入らないのですか?」

 兼続さんは異様に義、不義にこだわる人間である。こう言えば、本当のことを言っているか否かは容易に知れる。三成さんはというと、根本的に嘘がつけない人間だ。
 正直俺の本職はしがない公務員で、こんな探偵だか刑事気取りのことなど一度たりともしたことがない。子供の頃に好き好んで読んだサスペンスや推理モノくらいしか見たことがない。その俺でもこの問答は卑怯であると知れる。他に可能性がないわけでもないのに一つの偏った視点での結論を押し付ける。だが、たまには探偵になってみたいのだ。

「……嘘をつくことは不義……」
「兼続っ、がんばれっ!」
「不義……不義とは義の反対……忌むべき山犬……」
「がんばれ兼続っ」

 奇妙な葛藤をし始めた兼続さんの周りを、三成さんがやる気のない声援を送りながら走り回っている。たまにこの人はなにがしたくなるのかわからない。いなくなったと思っていたオーナーが、兼続さんに塩をふりかけた。
 すると、兼続さんは突如体中の穢れが浄化したように悟りきった表情になった。

「嘘をつくことは不義だな。うむ。私の仕業だった」
「兼続すごいっ! 言えたぞ!」
「さすが博多の塩」
「ほら、左近も喜んで!」
「え……、わ、わあい」

 俺は少しだけ疑問に思う。
 この人たちは、もしかして総出で俺をだましているんじゃないか、と。
 しかしそれはそれで『かわいらしいことをやってくれるな』で済む問題だ。だが、本気でこのテンションだったとしたら……、いや、おもしろいと言えばおもしろい。また三成さんたちの新たな一面が見れたと思うことにしよう。

「で、動機は?」
「……ふう。言うしかないのか。……あいつら、三成にベッタベタで腹が立つのだよ。会話するくらいなら許す、許す、血が滲むような努力をして許す。しかしだな、しかしだよ、わかるか。なんで三成を無断外泊させたのだ、慶次も幸村も……。信じてくれ、殺すつもりはなかったんだ!」
「ええ……、わかってます。心底殺されるつもりのない体勢でしたから。で、方法は?」

 実のところ、動機なんかよりもこれが一番気になるのだ。どうしたらあんな奇行に走るようなことになるのだろうか。

「……草木も眠る丑三つ時に頑張ったのだ。で、逮捕? するの? しないの?」
「うわっ、いきなりふてくされないでくださいよ……。逮捕もなにも、物的証拠もないですし、そもそも俺は警察じゃないです」

 そうだ。それに方法が『夜中に頑張った』と。つまり、まじないの類なのだろうか。いったい何をしたのか、心底気になるが怖くて言及できない。俺は俺自身が知っていたよりもずっと意気地なしだったようだ。

「しかし兼続、この間の外泊がいかんのだったらなぜ警察犬も手にかけたのだ?」
「三成……、忘れたのか? あのあんみつは山犬のではなくて島のおっさんのだっただろう」
「ああ、そうか」
「え、ちょ、納得しないでくださいよ……! 危うく俺が店内に穴掘ってシンクロおっ始めるところだったんですよ!」
「無論、退院したら謝罪と賠償はきっちり請求させていただこう」

 にべもなく言い放たれた言葉だったが、現実にはなっていないのでそこまで不安に思うことはない。ああ、あんみつ食べなくてよかった。本当によかった。
 俺は今始めて、ものを食べることに恐怖を覚えた。そして人生惣無事なによりだと痛感している隣で、オーナーがそろばんをはじいている。
 なんともまぬけであっけない終わりで、煮え切らないものだが。今度から兼続さんが接客のときに来ることにしよう。しかし、三成さん目当てだってことでまた今回のような危険にさらされると思うと……、三成さんに会うのも命がけだ。ま、そっちのほうが燃えるというもんだが。

「……さて、だいぶ日も暮れましたねえ。左近は帰りますよ」
「あ、葛餅、土産に持って帰るか?」

 三成さんに言われ、そういえば葛餅が食べかけだったことを思い出す。なんだかんだ、俺は空腹だし、持ち帰るのも……、いやまて、葛餅が安全だという保障がない。いや、もっとまて。俺は、葛餅を、一切れだけ、食べた。
 なんだか、意識が遠のいてきた。





「謝罪と賠償を請求するしかないな」
「俺の店に穴が四つもできてしまったではないか……」
「いや、この場合謝罪と請求は加害者の兼続に請求すればいいのか?」
「まて三成。私が加害者であるという証拠はないのだ。穴を開けた本人たちの責任だ。たんまり賠償金と慰謝料ももらっておけばいい」
「おい三成、塩」
「自分で持っているだろう」
「ああ本当だ。博多の塩だ。えい」
「掃除はどうぞご自分でなさってください」
「そんなの、俺の仕事ではない」ダッ
「あ、待て……、ちょ、オーナー……」
「どうした?」
「オーナーが穴にはまった」
「どれどれ……、あーあ。山犬の穴にはまったか。穴が広がってしまった」
「オーナーにも賠償請求しなくてはならないな」

 その会話はどこか遠いところでされているようだった。
 救急車を呼んでほしい。






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