「殿、殿?」


声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。
しばらくは揺さぶられる感覚や、心地の良い声に安心していた。だが、すぐに俺は意識を覚醒させた。


「さこん!」


また……、やり直しなのか? シナリオは成功ではなかったのか? 石田三成が強引に終わらせてしまったのがいけなかったのか?


「ああ、良かった。いきなり花瓶を割ったと思ったら倒れるんですもん。びっくりしましたよ」
「花瓶が、割れ……」


花瓶……。そう、花瓶が割れて、視界が暗くなった。そして、石田三成と話をした。たくさん、話をした。
俺はもう、消えてしまうと思っていた。いらないものを捨てるのが人間だから。
待て!
左近の頭を見よ! 耳が、耳がある!


「左近……、左近! 生きている、俺は生きている!」


部屋を飛び出して、縁側に立ち、空を仰ぐ。いつもと変わらない太陽、青空、蒸し暑さ、池に泳ぐ鯉、青々とした木、手入れの行き届いた中庭!
太陽の光が俺の頬を照りつける。日はまだ低い。これから高く上るのだ。朝、朝だ!


「ちょっ、とのー?」
「生きている、生きている!」


生きていることが、これほど嬉しいなんて!
生きたいと祈りながら、俺は覚悟を決めていた。けれど、生きている、俺は、太陽の光を浴びている!


「殿……、なんと言ったらいいでしょうかねえ……。とりあえず、お帰り、ってとこですか?」
「……ただいま!」


久しぶりの、耳がある左近の胸に飛び込んで、目尻に浮かんだ涙をぬぐった。


(模倣が残った理由? 知らんよ! またなにかに利用されるのかもしれない、けれど、そのときは徹底的に抗ってやるさ!)









「慶次! ああ、おもしろかった! これでお前はもう循環しなくていいのだぞ!」




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09/16