「……おや」
家康の挟撃に関して相談したいことがある、というからこうやってお忍びでやってきたというのに、殿は文机に突っ伏して身動きひとつしない。
注意して観察すると、わずかに背中が上下しているから、この勤勉な殿にしては珍しく居眠りしてしまったのだろう、という結論にした。
さすがの殿も、うっかり眠ってしまうほどに疲労困憊していたのだろう。それにしても珍しい。
ちょっとやそっとの物音じゃ起きないことをいいことに、俺はこっそり殿の隣に座ってみた。考えられない無礼かもしれないが、普通にありだ(あ、殿の口癖が移った)。
「とーの」
控えめに読んでみるが、殿は相変わらず突っ伏したまま。
文机の上に組んだ腕に、顔が埋まっている。どんな表情をして寝ているのかすらわからない。
すべてのしがらみを捨て去った穏やかな寝顔なのか、それとも夢のなかでもあれこれ思案していて小難しい寝顔なのか(はたまたよだれの寝顔か)。
その明るい髪に触れてみる。俺の髪と比べると、明らかに作り物のような茶色い髪。
この脳天のちょっ、と出た髪がどうやらお気に召さないらしいが、見ているとおもしろいから俺は好きだ。殿の一挙手一投足に呼応して、ゆらゆらと揺れるその髪の毛が、おもしろい。
「とのってばー」
ふざけて呼んでみるが、やはり無反応。
本格的に寝入ってしまっているらしい。こんな失態、目覚めたらどれだけ殿が不機嫌になるか。
「襲っちゃいますよ」
冗談めかして呟くが、やはり返事は無し。
起きている殿にこんなこと言ったら、「この痴れ者が!」なんて言いながらその扇を手にするんだろうが。だが今は眠っているのだ。
この椿の首、もぎ取ってやりたい。
08/12
(漫画で椿がぽとりと落ちるシーンの意味を知ったのは六年前)