他人が嫌いというわけではなくて、ただ、人間が持っている菌が嫌いなだけだ。目に見えないぶん、恐ろしい。
もちろん俺にだってそれはあるのだろう。それが気持ち悪くて手を洗いすぎて、『必要な菌』が極度になくなってしまい手がおそろしいことになってしまったことがある(必要な菌? 信じられんな)。
ともかく、手を洗うことは少し落ち着いてきた。それでも洗いすぎてガサガサなわけだが。
そういうわけで、必要以上の菌が怖いので他人にはあまり触りたくないし、近寄ってほしくない。
それでも、どういうわけか俺は手をつなぎたくなった。
昔はこうではなかったはずだ。人並みに外で遊んだりなんなりをしていたはずだ。けれど、いつのまにかこうなっていた。
だから俺は、人の体温というものをよく覚えていない。
自分の手を触っても、なんだか気持ち悪いとしか思えない。
「ブリ、ありますかねえ」
「ある。この間買った」
大人の男が手をつなぎあって、人気のない夜道を歩く姿には奇妙な背徳感が付き纏う。
俺の意識のベクトルは全力でつながれた手へ向かおうとするが、理性はそれを別の方向へ持っていこうと躍起になっている。
意識したら負けだ。意識したら、絶対に手を振り払うに決まっている。そもそも、好いている人間の手を『菌がどうたら』なんて考えるのが異常なのだ。ヤニだって別に、平気、だ。
手をつないで帰ると言っても、車までの話だ。運転は左近がする。
「魚、さばけるんですか?」
「ゴム手袋をしてな」
それでも、なんだか空中に菌が舞いそうで気持ち悪いからマスクをする。
血まみれになったまな板は、多分雑菌だらけになるだからいつもより時間をかけて殺菌しなくてはならん。
無菌室に生きたいくらいだ。
「おっと、もう車ですか。残念」
軽口も、なんだか雑菌だらけのような気がする。雑菌というよりも、雑念か?
手を離したとたん、むず痒い感覚をもてあました。
指先がかぶれているような、そんな痛みすら感じそうだ。
左近にドアを開けてもらって助手席に座る。……仕事中に汚くなってはいないか心配だったが、指先に意識が向いていたのでさほど重くは考えなかった。
運転席に座った左近は、普段より上機嫌でキーを挿す。
「なにが楽しい」
「お手てをつないで、キレイな月を眺めて、どうでもいいことを話しながら歩いたことですよ」
『ぜんしーん』だなんて左近が言えば、車が進む。排気ガスが気になる。窓を開けるのもいやだが締め切っているのもいやだ。いつもこんなことばかり考えている。
変な話だが、女よりかは男がいい、なんてことを考えていたら本当に女は見るのもいやになっていて、男だって基本的には人間だからあまり好きでもなかった。けれど、この不潔の代名詞の男に惹かれた。
……どうでもいい。
ネオンの残像が尾を引いているのを眺めながら、変な罪悪感が生まれた。
それから、大根の桂剥きがどれくらい長くできるか測ってみよう、なんて考えた。
08/11