「おかしやないか」
いかんいかん。私としたことが、けったいな苛立ちやら焦燥感ナンタラにかまけて余所行きの言葉を忘れていた。
私の目の前で背筋をしゃんと張って、と言えば聞こえはいいがむしろ張りすぎてふんぞり返っているのは石田治部少輔。横柄者と陰口叩かれたりちっさい頃から一緒に過ごしてきたはずの私のお隣さんらに嫌われたりと、なかなか人に好かれない男だ。
そして現在、関ヶ原の地にて日ノ本を東西に分かちさア今にも決戦ぞ、と意気込む西軍大将である。
この西軍大将である石田三成はやっぱり横柄者である。島津殿の墨俣でのひと悶着やら夜襲だか奇襲を突っぱねたやらで大層な不和を導入しはった。
「なにがおかしいと言う」
「お前のそのでっかい頭はなんに使とるんかっちゅ話や」
まだ、少し言葉遣いが元に戻らない。
石田三成とは知音とまで言うには至らないが、そこそこに友好な関係を築いているつもりだ。だから多少は言葉遣いが悪くても気にはしないだろうが、これは私自身が芳しく思わない。
私は私なりの理想像があり、それを自ら踏みつけるなんて。感情のままに突っ走ってしまうとどうにも思い通りにいかないものだ。
さて、その大きい賢しい頭を持った三成は私がなんに対して不満を申しているのか気付くだろうか。
「俺の頭は常に多様な方向へ向いているつもりだ」
「じゃあ、お前のその品のよさそうな口は憎まれ口しか叩かんのか」
なんだか私が憎まれ口を叩いているようだが。決してそんなつもりではない(と言っても誰が信じるか)。
「大将たるものは、必ず命を守らなくてはならないのだ。……確かに、島津の件で弁明しなかったことは良い方向へ向かわなかったかもしれないが。それでも、島津は信頼に足る男だと」
「あんなあ、大将たるものっても、『大将』として認めてもらえなかったらただの自意識過剰のボンボンと変わらんやろ。まあ、そこんとこは懐刀の軍師さんがよう言うてはると思うがな」
そう、私が言わずともすでに彼は耳にたこが出来るほど『留意するよう』言われているはずだ。それでも彼は彼だから、こうなのだろうけれど。
『そこも魅力』と言える人間がはたしてどれほどいるのか、と言ったら大した数にはならん。人間というものは、常に他人のイヤな部分ばかり目に付いてしまうものだからだ。そしてこの男は、その『イヤな部分』を存分に持ち合わせている(ように見える)。
「……わかっているが、今さらだ。決戦はもう明日なのだ」
「そりゃそうだ」
まあ、直前にとやかく言ったところで、もうどうにもならん。
それでも心の奥底では勝機があるような気はしていたものだったが。
彼の人望というものを少しは期待していたが、まあ、人間はしょせん人間だ。天主(ゼウス)様のようにはなれない。
我々の命は我らが父、天主様のものである。その命を宿す人間をそう簡単に嫌いだなんだなんて、愚かしいとは思うけれど宗教に関しての問題を他人に強要するのも愚かだ。
だが、やはり私には彼らが人間が愚かしく見えてしまう(こう考えてしまう私自身も愚かなのだ)。
もともと、戦というものも天主様の意に反するものだったのかもしれない。
自害を禁止する理由は、我らの命はもとより天主様より授かったもので、その命を勝手に絶つなどならぬ、という話だ。
……私は一体、どの立場にある人間なのだろうか。武士として死すことも本望であったはずだ。私の描く武士というものは、こういう場合、無様に逃げ回らずに潔く自刃するものではなかっただろうか。
私には、武士としての私以外にも一人の吉利支丹という私がいる。
しかし、吉利支丹ではない彼は今、どういった気持ちでいるのだろうか。……そうだ、彼は言っていた。『大将たるもの、命を守らねばならない』と。再起をはかるつもりで、この底冷えする地を這っているに違いない。
武士として、吉利支丹して。あちらこちらと取捨選択できない自分を醜くも思うが、決して悔いはしない。
悔いてしまえば、どちらの私も愚弄したことになる。
誇りを持つのだ。
けれど。
偉大なる父よ、あなたの教えは決して万能ではない。
万能かつ不変のものなど、この世には存在しないのですね!
06/20