「お前は、誰だ」
「左近ですよ」
「違う……いや、正解なのかもしれぬ。だが、俺の主観からしてみれば甚だしいほど不正解だ」
返り血で染まった陣羽織は重くのしかかっている。
血が流れぬ戦などありはしない。無血勝利は夢物語。だからこそ陣羽織は血で乾き、かちかちになる。だからこそ、左近は鬼なのだ。
桜は散った。青々とした葉桜の下に、赤茶の男は不釣り合いだ。
「はて、不思議なことをおっしゃる」
鬼だった男が、まぬけな顔をしている。
「左近を左近ではないと。ならば殿はどなたと喋っておいでだ」
「さあ、誰であろうか」
わからないから問うたというのに。
左近は困り切ったように苦笑を浮かべ、頬をかく。
「ならば、殿のおっしゃる左近とは」
「鬼」
そうとまで呼ばれるほどの途方もない腕前、底はどこにあるのかと恐怖すら覚える戦術。
「鬼、そうだ、鬼だ。ひとを斬るときにほんの一瞬、快楽を覚えて、それすらも斬り捨てようとする鬼。自分の手のうちにひとを転がす独裁者にすらなりうる。それが左近だ」
「左近にかような偏見をお持ちで」
「違うのか?」
「半分ね」
団子が欲しくなった(この窒息しそうな圧迫感をごまかして)。
「もう半分は」
「戦場での左近も左近。殿とご一緒している左近も左近」
「後者の左近はただの外皮」
「いいえ、左近自体が外皮」
本当に窒息したら困るから茶も欲しい。
「なら、中身は」
「だれとも変わりませんよ。ひとを区別するものが外皮だ。中身はただの醜い肉塊にすぎない」
山菜が食べたい。
「物理的な話ではないぞ」
「承知しておりますとも」
「とどのつまり、左近の外皮は便利な隠れみのだ」
「殿にはそう接しているつもりはないんですがねえ」
血を背負っているというのに、ほがらかなものだ。
左近という人間は、ひいてはこの世は、そういう風にできている。
深刻に考えることではない。
「まあ、しばらくはお前の表皮と遊んでやる」
「いつか殿の中身とも邂逅したいものです」
「そうか? 団子が食いたいとかばかりだぞ」
「お、団子、いいですなア」
梅干しを目の前にしたい(唾液をごまかして!)。
08/07