――おじょうさん、おはいんなさい。









「無口になった、と言っておられましたね。兼続殿は」
「そうだな」

兼続殿は言葉少なに肯定する。その返事は早いものだったが、決して軽いものではなく、むしろおびただしいほどの重みすら持っていた(理由は知っている)。
私はそれを責めるつもりはないが、少なくとも賛同するつもりもまったくなかった。私と彼とではあまりに状況が違いすぎるのかもしれない。私の想像力が足りないだけかもしれない。

「幸村は痩せたな」
「そうでしょうか。そういえば、九度山の生活も筆舌に尽くしがたいものがあったように思います」

けれど私はそれをむやみやたらに言いふらす気もないし、その苦労した話を兼続殿にしたところで彼は内への力をさらに強くするだけだと知っている。
そう、彼は自責の念に苛まされ続けている。

『それはあなたが気に病むことではないのだ』

そう私が言ったところでなにひとつ変わらないこともわかっている。それは一時の慰めにしかならない。お互いにむなしくなるだけである。
だから私はなにも言わない。かける言葉を知らない(いや、彼にかけるに値する言葉なんて存在しない)。

「幸村」
「はい」
「どうして、時というものは進みつづけることしか能がない、一発芸屋なのだろうな」

彼は後悔している。
あわよくば、あの日に帰りたがっている。皆と笑いあえる日を創ると期待したあの日に。賽の河原で石を積み続けることとなんら変わらない作業だと知っていても。

「一方にしか通行できない時なんてものは、無能だよ。しかし時というものはひとつしかないのだろうか? 私が存在する次元とは別に、もうひとつ時があってもいいとは思わないか。その次元での私は、“現在の私にとっての過去”を経験している。そこで私は、挟撃を成功させているかもしれない」
「けれど、ここに存在する兼続殿は、まぎれもなくそれを夢想しているだけです」
「そうさ、だから希望を託すのだよ」
「変わりましたね」
「不変のものなどありはしない」

夢にだって見ないような、とんでもない話を展開させる彼は手で顔を覆った。しばらく身じろぎひとつせずに考え込んでいるよう(に見える)だったが、細いため息が隙間から漏れたことで、私の意識は兼続殿から離れた。
私は彼を変わったと言ったが、もしかしたら彼はずっとそのようなことを考えていたのかもしれない。挟撃云々のずっと前から。彼を変わったというのは私の勝手な思い込みのだけということもある。
具体的にどこが変わったのか、よくわからないまま軽率なことを言ってしまった(でも、彼は否定しなかった)。

「兼続殿は、今を生きることをつらいと、そう思われますか」
「……そう、思ったこともあった。らしくないな、本当に。だが、今は違う。お前も、慶次もいる」
「それは、よかったです」
「ああ、どうかしていたよ」

彼は『なにか』を見つめながら、嬉しそうに笑った。多分、彼の見ているものと私の見ているものは、同じようなものなのだと思う。








――おじょうさん、おはいんなさい。
――ありがとう、さぁおいで。
――じゃんけんぽん。
――まけたらさっさとおでなさい。








06/08