「わからんな。お前の言っていることはさっぱりだ。もっと具体的に説明できないのか」

くるくると筆を指先で回しながら、殿はつまらなそうにそう言った。少し眠たいのだろう。大きなあくびのおまけがついてきた。こんなに日が高いっていうのに、またこの人は睡眠時間をけずったな。

「これ以上にないほど、わかりやすく言ったつもりですが?」
「嫌味か」
「嫌味なわけないでしょうに」
「わからん。だから具体的に言えと言っている」

わからないと言う。
俺の説明のどこに、わからないという要素があったのだ。自覚がないのか。自覚がないとは本当に、恐ろしい。生来の性質から敵を作るというのか。なんの説明にもならない。

「あーあ、言わんこっちゃない」
「うるさい、あっちへ行け」

腹を立てているのか、語調が荒い。

「指先で筆を回さないでと何度言ったことか。ああ、もったいない。きれいなお顔が墨で汚れてしまった」
「そうだ、最初からそう言えばいい。墨で汚れる可能性があるから指先で筆を回すな、と」

指先で頬をこすりながら、なんて難儀な人なんだろう、とため息がもれた。
この難儀な性格が、俺にはたまらなくおもしろいものだ。

「水で流さなくては、落ちませんな」

頬に残る墨の跡のように、禍根を残されなければよいのだが。








06/08