そういえば、この男は抵抗しないな。
首に手をかけてしばらく経ってからようやくそのことに気がついた。まさか死んでいるわけもなく、薄笑いのまま俺を見上げてくるその目は生気に満ち溢れている。きっと本気で殺すわけがないと思っている。くやしいがその通りだ。
「俺は、お前が嫌いだ」
確かに自分の石の半分をも与えて召抱えた。それほど熱烈に欲しい人材であったが、俺にはどうしても許せない。
「左近は、殿のことだあーい好きですよ」
「……だまれっ」
軽口、見透かしたような嘲笑じみた笑み、抵抗のかけらも見せない腕。
この男は俺のことを俺以上によく知っているのだ。俺が認めたくなく、必死に押し殺しているような感情すら抉り出してくる。
感情は邪魔だ。陳腐な感情など消え失せろ!
俺には必要のない邪魔なものだ。そのようなものは足枷にしかならぬ。時として冷静さを奪う感情など煩わしいだけだ。この感情はなにも生み出さない。
甘い倦怠感 骨の軋む蕩ける囁き たゆたう帯の蟲惑的な薫り
すべて喰い千切れ!
その感情を腸を引きずり出して、決して修復できないように、踏みにじればいい。
「あー……、八つ当たりはいけませんな、殿」
「うるさいっ、うるさいうるさい! お前がいけないから、お前のせいで俺が、俺が死んでしまう」
「これまたどおーしてですか。いい加減認めちゃったらいいじゃないですかあ。左近にゾッコンってね」
「うるさいっ」
「おや」
いらない、俺はそんな感情求めてなんかいない。それなのに、どうして焦がれる。
使える駒のひとつでしかなかったこの男が、なぜ戦場で傷つくことが怖い。ばかばかしい腹立たしいみすぼらしい憎憎しい鬱陶しい煩わしい煩わしい煩わしい消えてしまえ。
「ったく、なんつー子供なんですかあなたは、よっと」
「っ、わ」
「形勢ぎゃくてーん」
軽々と腕をとられ、畳に叩きつけられる。衝撃で息が詰まった。
何を考えているかわからない笑顔。口元はかろうじて笑みを浮かべているのだけだった。怒ってもいない、喜んでもいない、悲しんでもいない……、楽しんでいる。この男は、俺の感情を見透かした上でそれを楽しんでいる。必死に消し去ろうとする俺を滑稽だと楽しんでいる。
「そこまで意地っ張りですと、さぞかし、いじめ甲斐がありそうだ」
「ふっざけんな、ボケが! 誰がお前なんぞにいじめられてやるか! さっさとどかぬか! さもないとお前のまたんきぶっ潰す!」
「あっはっは、よくもまあこの状況でそんなにぎゃあぎゃあ騒げますねえ」
「さっさとどけ!」
「はいはい」
我を忘れて変なことを口走った。俺としたことが。
くそっ。
悔しい。
どれほど感情を殺そうとしても、逆にそれはどんどん勢いづいてゆく。それを制御できない自分が怖い、嫌いだ。
「俺はお前なんか、好きではない。並だ、並」
「左近は殿のことだあーいすき」
嫌いだ、大嫌いだ。
06/08
(思春期は奇妙な破壊衝動に見舞われる。 使える駒 → 今ここ → 大切な同志)