「この三成ある限り、豊臣家は必ず、必ず守り通します。ですから、どうぞご安心ください……」


この日、豊臣秀吉は静かに息をひきとった。朝鮮で戦う者たちの士気に関わるので密葬となる。もともと諧謔(ユーモア)に満ちた人で、派手な宴などが好きだった人でもあるから、この地味な葬儀を悲しんでおられるかもしれない。しかし、きっとそれとは比べようもないほどに悲しんでいる人が大勢いる。
誰もが悲しんでいる場合ではないことを知っている。しかしそれとは割り切れないものが人間なのだ。だが、うちの殿はどうやら強引に割り切ってしまったようだ。もちろん、強引な行為というものはたいていが良い結果を生み出さない。
朝鮮より兵を退却させる根回しに随分と労力をはたいたようで、殿は何も言わずにそこへ寝転がってしまった。
流石に廊下では体裁が悪いので、米俵を担ぐ要領で殿を担ぎ上げて部屋に放り込んでやっといた(まったく、世話が焼ける)。
部屋の外でため息をついていると、中からうめき声がかすかに聞こえてくる。
(しまった、少し強く放りすぎたか。いやいや、結構丁寧だったはずだ)
恐る恐る部屋の中を覗き込むと、ちょうど殿がのっそりと起き上がっているところだった。どうやら目を覚ましてしまったらしい。半分くらい、俺に責任があるかもしれない。

「うー……、左近、か」
「お目覚めですか」
「ああ……、なんか、背中が痛くてな」
「……そうですか」

あんら、そんなに強く放ったっけか。
次は気をつけようと心に決め込み、殿の様子を探ることにした。まだ寝ぼけているのか目は半開きで口も半開き。ぼりぼりと頭を掻きながらべたべたと四つん這いで移動しながら縁側に出る障子を開ける。

「見ろ左近、満月だ」

お呼ばれしたので、僭越ながら島左近、突入いたす。殿は左近であろうとあまり部屋にいれたがらない(だから放ったんだ)。そういうわけで、こうやってお呼ばれすることは非常に珍しいもので、柄にもなく緊張してきた。
殿が隣を小さく叩くので、失礼ながら隣に座らせてもらった。

「あの人も……、哀れな人だった」

殿は唐突にそう語り始めた。
今の殿が『あの人』と呼ぶのは豊臣秀吉様くらいだ。単に病で亡くなったことを言っているのか、秀頼様がまだ幼いことを言っているのか、はたまた別のことか、俺には少しばかり予測できなかった。

「と、言いますと」
「俺は確かに『豊臣を守る』と言ったが、現実問題に上手くゆくのだろうか、と」
「ああ……」

珍しく弱気な一言に意外なものを感じる。
しかし、現に今、大名の多くは不審な動きを見せ始めている。実力者である徳川家康に靡くそぶりがあるのだ。
それは悪いことではない。ただ、この人にとってはそれは不義、すなわち悪に非常に近いものになる。

「頼りない口約束を軽々しくしてしまったと思うだろうが、俺の本心だ」
「ええ」
「……しかし、秀吉様は、俺とは違い現実をよく見ておられた」

そう。彼は家康が次の天下を狙うかもしれないという不安を如実に感じ取り、細やかな対策をいくつも遺していった(しかしあれは、もはや狂気に近いものを感じた)。
そういう意味では、理想ばかりを追いかける人間ではなかったのかもしれない。だが、殿はむしろ、そういう、理想家的な面が強い。それを自覚していようとも、なかなか直りそうにも無いというあたりが怖い。

「殿は、豊臣家を守るのでしょう。それだけでは駄目なのですか」
「駄目なことはない。だが、ほかにどれほどその心を持っている人間がいるか」
「それは、蓋を開けなきゃわかりませんて」
「そうか……。そうだな、開けてびっくり、なんてこともあるかもしれんがな」

殿はそう笑ったあと、また寝転がって寝始めてしまった。








04/02

(現実に直面したはだかの王様はとても、哀れだ)