「左近、あれ取って」
「はいはい、これですね」
「うむ」

言葉足らずな殿だが、最近コツを掴んだので結構意思の疎通ができるようになった。そのせいか、最近は呆れるを通り越してほほえましい気持ちを覚えた。
その様子を見ていた真田殿はほう、と感心するようなため息をついた。

「島殿と三成殿って、本当にお互いのこと知り尽くしているって感じですねえ」
「そうか? 確かに、俺は左近のことで知らないことはほとんどないかもしれないな。なんていったってケツの穴までよく知っているのだから」
「えっ、そうなんですか。すごいですね」

たまに予想外の発言をするが、それにも慣れてしまった。慣れとは恐ろしいとはよく言ったものだ。
しかし殿、ケツの穴をよく知っているのは左近のほうですが。

「やっぱり島殿はケツの穴も傷だらけなんですか?」
「……は?」
「いえ、島殿といえば体中に傷があると有名で」
「あ、ああそういうことか。いや、そんなことはないと思う。むしろ毛だらけだ」

もしや殿は、左近の名誉を傷つけることが目的か(毛だらけって)。
怒るわけにもいかず、ただ苦笑いを浮かべむず痒くなった頬を掻く。すると目敏く真田殿が俺の手の甲に目をつけた。

「その傷、どうやら新しいようですね。それになんだか、戦の傷ではなさそうですね」
「あ、ああ、これですか」

かさぶたになっている三本の細長い傷。かさぶたになるまでが地味に沁みてつらかったが、それもまたいい思い出だ(思い出というには少し最近の出来事だが)。

「猫に引っかかれたんですよ」
「ねこ……ですか」
「……んんっ」

殿が機嫌悪そうに咳払いをする。
あからさますぎるその行動が実に子供じみていてかわいらしい。

「左近がちょっかいを出したから、引っかかれたのだよ」
「へえー、意外です。島殿って案外、動物に好かれそうな感じがするのですが」
「いやいや、ちょっと悪さしたんで怒っただけなんですよ。そうしたら逆にあっちが怒りましてね」
「ほう……、どんな悪さだというのだ」
「なあに、左近の言うことを聞かないのでね」
「……俺はちゃんと言われた通りにやっていたぞ」
「いーや、独断専行でしたよ」
「そんなことはない」
「あーりーまーす」
「あ、あのお……」

途中からすっかり存在感をなくした真田殿が、申し訳なさそうに割り込んでくる。殿は頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。真田殿はどうしたらいいのかわからないのか、挙動不審にわたわたと落ち着きがない。

「あの、猫っていうのはつまり」
「殿ですよ。ええ。うちの殿、少し自信過剰でしょう? だから少し殊勝になりなさいなと言い聞かせたんですが完全に無視しましてね、ちょっとペチン、頭を叩いたら『ボケがあー!』って怒って、ここに引っかき傷ですよ。まったく、困ったもんですわ」
「うるさいっ、叩くことはないだろう、叩くことは!」

すっかり機嫌を悪くした殿はその後しばらくふくれていたのだが、真田殿の必死の援護によりようやく機嫌を元に戻し、またふたりで楽しそうにあれこれと話に明け暮れた。
真田殿が帰った後、直江殿がやってきたのだが、またしても同じような流れを繰り返した(何故だ)。








04/02