醜い自分に吐き気がした。
猫が一匹死んだだけだ。確かにその通りだ。
それは予期することが可能な出来事だった。不死の生物などこの世には存在しないのだ。しかしその死は事前に防ぐことが不可能ではなかった。
いくらでもそれは予想するに難くない出来事のうちのひとつで、それを怠ったのは俺だ。なぜ目を逸らしていたのか、自分でもわからない。ただ俺は、数多の理由を考えることができる。しかしそのどれもが、言い訳にしかならない。生ぬるい愛情ばかり注ぐのみで、どれをとっても俺の自己満足でしかなかった。
庭に手で穴を掘って、猫を置く。上から土を被せていくと、本当に猫が死んだのだと実感した(知っていたはずなのに)。
すっかり埋め尽くしてしまうと、ますますそれが現実の話だという認識が俺を覆い尽くす。
無性に奇妙な感情が胸の奥で燻っている。多分、それが悲しいとかいう感情なのだろうが、その感情を俺は認めない。今だって、書き上げなくてはならない書のことも同時進行で考えている。悲しむ時間は必要なのかもしれないが、俺にはその時間が特別にないのだ(時に、俺のその態度は周りに不快感を与えるようだが)。
悲しいことは悲しいのだが、どうにも涙が出る気配もない。俺という人間がさっぱりわからない。
ふと、縁側に誰かが腰かけている気配を感じた。振り返ると、膝に足首を乗せたかっこうで煙草を吸っている左近がいた(秀吉様もそういえば、吸っていたな)。いつからそこにいたのかわからないが、腰掛けたばかりという様子ではないから、少しはそこにいたのだろう。

「安心しろ。すぐに仕事に戻る」
「いやー、もう少しそこにいても平気ですよ」

そう言うと、左近は白い煙を吐き出した。正直、俺はその変なにおいのする煙があまり好きではない。いいにおいではないし、体によくなさそうだ。

「そうか……。なら、もう少しここにいる」

柄にもなく感傷的な気持ちに浸りたかった。それはなにも生み出さない、傷を舐めるような行為だが、そうしていたい気分だった。たかが猫一匹と誰かは言うかもしれない。犬猫なんて、毎日どこぞで死んでいるだろう。しかしこれは猫一匹の話ではなく、俺自身の問題でもあった。
どこまでも自分勝手な俺が、自分勝手に悲しむという、自分を嗤うための時間が欲しい。

「……左近、少し、向こうへ行っていてくれないか」

こんな醜い自分を見られたくないのだ。
自分の勝手な行いが導いた結果に、今さら気付き、後悔する姿など見られたくない。左近であっても、誰であってもだ。

「ずっとここにいます」

そう言いきった左近は、また煙を吐き出す。
左近のことだから心配の気を帯びた軽口でも叩きながら去ってくれると思っていた。だが予想外にも真摯な声音で、ここにいると言う。その声音には強い意志が感じられ、梃子でも動かないという姿勢が垣間見れた。
戸惑って振り返ると、左近は薄い笑みを浮かべている。何を考えているのかわからない韜晦的な笑みが、俺は少し苦手だ。同時に、途方もないほどに深い慈愛に満ちているようにも見えて、どういうわけか目頭が熱くなった。
泣くわけじゃない、俺は泣くつもりはない。俺の自業自得だ。だから泣く理由がない。

「ずうっと、ここにいますよ」

左近はそう言うと、また煙を吐き出した。
俺はその場にしゃがみこんで、こんもりとした土を眺めていた。









03/23
(ねこが死んで悲しい。それだけ)