「いやあ、これだけ月が立派だと、酒を飲む手も止まっちまいますな」
「ああ、そうだな。兼続や幸村、慶次も寝なければよかったのだがな」
「んー……、まあま、ふたりで飲みましょうや」
「そうだな」

今日はなんだか知らないが、皆そろってこの屋敷までやってきた。それぞれ酒を持って、名目上は簡単な話『秀吉様おめでとう』らしい。しかし秀吉様はお忙しいだろうし、陪臣の身が、だとかいろいろ理由をつけて俺のところにやってきたという(俺が暇だとでも思っているのか)。
どんちゃん騒ぎになるかと思ったが意外と静かなもので、皆ここまでの苦労話や武勇伝、自分の主のことを語り合ったりと楽しいものだった。俺も、じっくりと皆の話を聞いたことがないものだから、つい時を忘れて聞き入ってしまった。

「そういえば、月の話をしてらっしゃいましたね」
「ん」

冷酒のはずだが、喉があつく焼ける(酒とはそういうものだが)。
そろそろ自分たちの話だけでは種も尽きてくるというころに、ふと戦の話になった。

『もう、戦は無いんですよね』

幸村が無邪気に笑っていたのが妙に不思議に思えてならなかった。
そうだ、戦はもう無いはずだ。だが、俺はきっと戦が起こるだろうと思っている。秀吉様の没後に、もし世継ぎの人間が器でなかった場合に。いや、それよりも早くある。日本の中ではなく、海を越えた戦が起こるだろう。もしそうなった場合、俺はなるべく思いとどまらせるために尽力しよう。

『戦か……。ま、俺は華がねえとは思うんだがなあ』
『慶次、不謹慎だぞ』
『俺ァ戦ってなんぼの男だかっなあ』

慶次はそう笑っている。たしかに兼続の言うとおりに不謹慎ではあるが、慶次らしい。そう思っているから兼続も笑っていた(『退屈なら私が相手になろう』とも言っていた)。
そのとき、障子の先に薄らぼんやりとした明かりが目に入った。室内に明かりを灯してあるというのに、なぜか障子越しにそれが見えた。
障子を開けると、思ったとおり立派な満月が静かに佇んでいた。

『おお、立派な月だ』
『……月、白いですね』
『白かあ? ありゃ練色だろ?』
『いや……蒼だ』
『蒼……か。なるほど。三成はおもしろいな』
『そうか? 兼続には何色に見える?』

思ったとおりのことを言ったまでなのに、兼続におもしろいと言われてしまった。もしかしたら俺は目が悪いのかもしれないが、俺には蒼に見えたのだ。
兼続は少し考えるそぶりを見せながら、月を眺めた。

『今は、練色だな』
『今は? 時間が経つと違う色になるのですか?』
『赤い日もあるんだぞ』
『えっ、そうなんですか?』

幸村はきょとんと口を開け、兼続と月を何度も見比べる。どうやら信じられないようで、訝しげに兼続を覗き見る。

『だましてませんかあ?』
『だます訳なかろう』
『兼続もやっぱ練色か。やっぱ俺ら気が合うねえ』

人によって、これほどに物の見え方が変わるものなのか。
そのときの俺は、そういう、単純な感動しかしなかった。それでも頑なに、あの月は蒼だと思った。

「聞こえてたんですよ」
「ふうん。で、左近は? あの月は何色に見える?」
「そうですねえ」

白だ蒼だ練色だと先入観もあるだろうが、それでも左近にはどう見えるのか気になった。
あの月を見て、そのまま何色かと答えているわけではなく、なにかを投影しているということは、ついさっきようやく気づいた。それを踏まえて考えても、俺には蒼に見える。

「赤、ですかね」
「赤あ?」
「昔、話していたでしょう。『月の色はひとの肌みたいだ』って」
「それで、どうして赤なのだ」
「たくさん血が流れたからですよ。ここまで来るためにね」

そう言うと、左近はいつもの皮肉とも自嘲とも取れない笑顔を浮かべ、猪口に口をつけた。銚子で酒を注いでやると、「わっ、殿が……。珍しい」とおどけた調子に言う。少し気を利かせるといつもこうだ。
左近の考え方もなるほどと思う。たしかに多くの血が流れた。

「ひとが死んだときの膚の色に似ていると思ったのだがな。しかし左近、赤は俺の中では『進行形』だ」
「進行形?」
「そうだ。血が流れている、だ。血は乾くと別の色になるだろう。だから赤は進行形だ」
「ほう、そうきましたか」
「だから蒼だ。練色になるには時間がかかる」
「んじゃま、その間に赤くならないようにしないといけませんな」
「ああ、そうだな」

それを阻止できればいい。
戦はなるべく避けるべきだ。誰がいつ死ぬかもわからない。単純な恐怖だ。
だが、感情で戦をするわけではないから、感情で戦は否定しない。戦で死ぬ大半が、感情の徒であり、理性の頭は逃げおおせるか、自決するか。
それでも、避けては通れないものがある。
だから、(弱音のようだが)どうか、誰も、豊臣を壊そうなどと考えないでほしい。








02/11