「あんれえ? おっかしいな……。どこ行っちまったんだかね」
「慶次、どうした?」
毎日どれほど時間をかけてセットしているのかわからない頭をボリボリ掻きながら、慶次は戸棚を漁っている。台所は普段、慶次がいつも担当しているから慶次が荒らす分には一向に構わない(ただ、家中の掃除を担っている左近と兼続を怒らせなければいいのだ)。
今、この家には俺と慶次しかいない。左近は夕方の半額セールがどうこう言っていたから買い物だろう。幸村は部活だ。大会が近いとかで最近は帰るのがめっきり遅い(こんな地方の公立高校だっていうのによく頑張るものだ)。兼続は今、年金の話で市役所に行っている。小太郎はいつもどおり、気まぐれにそこらへんを散歩しているだろう。
つまり、慶次の疑問に答えられる、あるいは共に悩むことができるのは今、この家には俺しかいないということだ。
「いやあな、もうすぐ兼続の誕生日だろ?」
「……へ?」
「あ、お前忘れてただろ?」
慶次はニマニマと笑いながら腕を組んで俺を見る。
そうか、もうそんな時期なのか。すっかり忘れていた……と言ったら兼続は「不義の徒を討つ!」としゃもじを取り出すかもしれない。
今日は何日……、わ、あと五日しかないではないか!
「わっ、忘れてなどおらん。ただ、いきなりのことで驚いただけだ。絶対にそうだぞ」
「へえー。まっ、急いで準備しな。お前さんの誕生日の兼続のハリキリ様、忘れなさんな」
「……むう。で、慶次。誕生日がどうしたのだ。お前、まさか忘れていたとか」
「はっは! まっさか。三成じゃあるめえしな」
豪快に笑いながら、慶次はまた戸棚の中を漁り始めた。いったいなにを探しているというのだろう。後で食べようと思っていたお菓子が無くなったのか?
「なんかよー、兼続の誕生日にやろうと思っていた酒が無くなっちまってんだよ」
「酒?」
「ああ。『大一大万大吉』ってラベルの」
「え」
「……え、って」
見覚えがある。
いや、こう言い直そう。
『飲み覚えがある』
「飲ーんーだーなー!」
「すっ、すまん、まさかそうとは思わなくてだな。ラッピングもしていなかったし……。いや言い訳がましくてすまない。しっかり弁償させてほしい」
「いや……、飲んじまったならしょうがねえ。ただな、あれは兼続がずっと飲みたがっていたやつでな……。受注してから一週間はかかるんだ」
「そこら辺では売っていない、のか?」
「んー、都心の方へ行けばあるみたいだが、ここらへんじゃねえな。いや、都心に行ってもあるかどうか」
すまん兼続。うまかったぞあれ。
「よし、慶次。明日行こう。明日は土曜日だからな。車もたまには使わないと埃だらけになる。明日、死に物狂いで探すのだ」
「えー……、三成。アンタ、ペーパードライバーじゃねえか。死に物狂いって、ほんとに死んじまうかもしんねえぜ?」
「縁起でもないことを言うな。よし、これは秘密だからな」
「んー、ま、いっちょ頼むわ。しっかしアンタ、よく飲むな。七百二十ミリリットルだったはずだがな」
「左近と美味しくいただいた」
よし。明日、ついでに俺も兼続のプレゼントでも買おう。
散財必須だが、兼続のためだからな。
「ああ、ついでに、美味いパスタの店があるらしいから、そこにも行く」
「そこらへんは運転手さんに任せとくさ」
02/11