「……おや、殿もいらっしゃいましたか。ちょっと待ちくたびれましたよ」
「そんなに待たせたか」
左近は背中で手を組んだ三成がやってきたのを見つけ、いたずらっ子のような笑顔を見せた。左近に劣らぬ強面でいた三成は、ほだされたように口元を緩めた。
「まあ、少しね」
「すまなかった……、と言うのもおかしいな」
「そうですねえ。ここに来るのは、むしろ左近が待ちくたびれて蕩けてしまうくらい、遅くなければ」
「すまない」
ぽんぽん、と左近は自分の隣の空虚をたたく。三成は厳かな足取りでそこへ向かい、腰を下ろした。
ふと気付いた様子で左近が猪口を取り出した。それを三成に手渡し、とっくりをかたむける。
「死後の世界というものがあるとはな」
「少し、変なんですよ。左近と殿しかいない」
「ふむ。酒もあるとはな」
ふたりは猪口に口をつけ、くいっと傾ける。
辺りは見たこともないほどに白く、愛でるものは互いの姿かたちしかない。しかし、ふたりはそれだけでも十分のようだった。
「どうです」
左近はいたって、不親切な問いをした。抽象的な問いだったが、三成は淀みなく答える。
「ああ、俺の完璧なる敗北だ。少し、自信過剰だったかな」
「しおらしい殿も珍しい」
「事実だ。ひとの和とは、かくも難しいものなのだな」
「そういうものです。その点、家康はそこをまとめるのに長けていた」
「俺には人心を掴む術がなかった」
「天下の嫌われ者も大変だ」
「だな」
微笑すら浮かべながら、ふたりは穏やかに、清流のごとく会話する。
すぐに猪口は空になったので、左近はまたとっくりをかたむけた。
「しかし、やはり、義は殿にありますね」
「勝負に勝って、試合に負けた、といったところか」
「ははっ、なるほど。しかし、誰が聞いても負け惜しみにしか聞こえませんぞ」
「だろうな」
背を反らして笑う左近を見た三成は、背筋を伸ばして小さく笑った。
08/07