「三成、私は、ばかだったのだろうか」
「ああ、そうだな。ばかだな」
「怒っているか?」
「いいや」
「そうか」
「なぜ、怒っていない」
「理由がないからだ」
「なぜ、理由がないと言う」
「ないものはない」
「挟撃する約定を違え、あまつさえあれほど憎んだたぬきに尾を振ったというのに、理由がないだと!」
「そうだ」
「なぜだ!」
「前者に関しては、背後に伊達がおったのであろう。後者は、しかたないことだ」
「しかたない!」
「ああ、そうだ。しかたのない。世はそういうものだ。家の存続が、なにより。お前のそれは尊敬したひとの家を守るための行動である」
「だが!」
「まあま、落ち着いてくださいよ。茶でも飲んで」
「これは、すまない」
「左近は茶を淹れるのが上手くなった」
「そればっかりしていますからねえ」
「さて三成」
「まだ話す気か。だれだ? 『私は無口になったよ』と言ったのは」
「空耳なんじゃないですか?」
「いくら上杉家を守るためとはいえ、憎きたぬきに帰順した私を、それでもしかたないと言うのか」
「そうだ」
「殿は最近、すっかり悟りを開き始めちまって」
「しかたのない……と言うよりも、そうするしか道は無かったのだろう」
「だがな」
「もうよせ。茶が不味くなる」
「そうですよ。ええ。もう終わったことの正当化なんて、おもしろくもなんともない。今、目の前にある茶でも楽しんでください」
02/05