「佐和山へ、帰るぞ」

奉行職退隠が決定したときの殿の表情は、普段と変わらず凛としていた。
そのあらすじを話したときの殿と言ったらもう、憤慨に憤慨を重ねて、爪を噛むわ畳をむしるわ障子に穴を開けるわで、それはそれはひどいありさまだった。
どうやら、伏見での襲撃に家康が仲裁に入り、五奉行からの退隠をほのめかされたらしい。
そのときは(本人曰く)笑って了承したらしい。
殿の笑顔? 信じられないな。
殿の笑顔なんて、秀吉様以外が見たことあるのか?
つまり、笑っているが笑っていない顔で殿は了承した。この考察はどうでもいい。

確かに、表立った行動はしにくくなるが、けして悪いものでもない。

「承知しました。お片づけはどうぞ、ご自分で」
「次にこの城へ来るのは誰であろうか」
「さア」
「この障子、めいっぱい、穴を開けてやる」

めったに冗談を言わないこのひとの、せいいっぱいの諧謔(ユーモア)なんだろうとは思うが。思うが。それでもこのひとの諧謔はまったく功を奏さないのが残念なところだ。

「まあいい。帰る」
「佐和山城も殿らしくて、好きですよー」








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