気ちがいなほど、大音量の音楽がもれるヘッドフォン。
このひとは以前に言っていた。
『気分が落ち込んでいるときほど、ガンガン攻めてくる曲を聴いたほうがよっぽど効果的だと思わないか』
外界の全てを遮断するほどの音量でもまだ、足りないというのか。さっきからもれる音は大きくなるばかりだ。これでは耳が悪くなる(そういえばこのひとはしょっちゅう聞き直してくる)。
『そういうときにバラードだとか、しみったれた曲を聴くなど、傷の舐めあいであり、作った人間にも申し訳ないと思わないか』
『どうして申し訳ないんですか?』
『うわべだけ理解したつもりになって、同調した気になって、さらに落ち込んで、悪循環で、無意味で、冒涜だ』
少し会話が噛み合っていない。なぜなら、このひとはそのときもこうして、ヘッドフォンをしていたからだ。
『むしろこうやって、頭をからっぽにする勢いで、ハイテンポの曲を聴くほうがずっといい』
このひとは自分の行動ひとつひとつをも言葉にしないと、それを正当化しないと不安でしかたのないひとなのだ。
誰かに批難されることも(実は)恐れているから、こうして、自分の意見を一方的にしか押し付けられない。
心のなかで言葉にすることはできるのに、なかなか口に出せない。
口では他人の評価など取るに足らないものだと言っているが、このひとは誰よりも恐れている。他人の評価が次第に自分の価値そのものになってしまうかもしれないという危惧を。
「音量、もう少し下げたらどうですか」
「左近」
「耳が悪くなりますよ」
「俺はなぜ、こうも弱いのだろうか」
弱くない。あなたは弱くない。
その言葉を期待しているのだろうけれども、言ったところで無意味なのだ。
10/11