目を覚ましたら、どうにも懐かしい少しせまい青空が広がっていた(青空? なぜ?)。
体を動かすのもだるく、また、状況を認識することも億劫だったからもう一度目を閉じた。
目を閉じると視界からの情報がないぶん、体に関する認識が深まった(腹の少し上のあたりの骨が妙に痛い。足が熱を持っている。後頭部はいやにひんやりしている)。
認識してしまうと妙にその理由が気になって、もう一度目を覚まさずにはいられなくなる。まぶたを持ち上げて、また青空を見る(だから、どうして青空?)。
そこでようやく、状況見分する気になった。
そもそも、先ほどからどうして青空が懐かしく思えたり、訝しく思えるのだろうか。青空など珍しいものでもあるまい。最近は特に、空をよく見ていたではないか。あのときは濃霧で、青空すら霞んでいたが(あのとき?)。
この答えは簡単だ。
俺はもう、この青空をゆっくり眺める機会などないと思っていたのだ。特にあのとき、顕著に思った(だから、あのときって)。
妙に骨が痛い理由も、足が熱を持っている理由もきっと同じだ。あのときに負傷したに違いない(いったい、なんの話を)。
疲れ果てているこの体には、ほんの少し頭をもたげることも重労働だった。
それでも、自分の体の状況を確認するには十分だった。もう乾ききっているが、足には歪な傷があり少量の血が付着している。腹の上のあたりにも浅めの傷があった。やっぱりあのときだろう(いい加減にしろ、あのときとは)。
後頭部がひんやりしている理由は、俺が今寝転がっていることにあるのだろう。
ならば、先ほどから警鐘のように頭に響く問いにはなんと答えようか。
あのとき、と先ほどから続けて言っているが、あのときとはいつだ。
関ヶ原の地で家康と対峙した日のことだ。
小早川が裏切り、紀之介が死に、左近が重傷を負ったという報せが次々に舞い込んできた(まだ、『あのとき』ではない)。
それから、俺は撤退を余儀なくされた(それから?)。
左近が現れた。
信じられなかった。もう、あやつは死んだのだと何度も自分に言い聞かせていたところだったからだ。
そのとき、躓いた(なんとあっけなく、無様なのだ)。
それが足の地味な熱の原因だ。それほどまでに疲弊しきっていたといえば、それまでだがあまりの痴態に身もだえした。
それから、こともあろうか左近は俺に斬りかかってきた。
多分、あれは左近の姿を真似た影かなにかだったのだろう。そうでなければ説明がつかない。そして、それすらも理解できぬほど俺は混乱していた。
そのときに受けた傷が腹の傷だ。
なにがどうして、俺はここで寝ているのかはわからない。まったく覚えていないのだ。
鉛のように重たい体を引きずるように、起き上がった(逃げなくてはならない。生きて、再起をはかるのだ。左近はもういない。紀之介もいない。だから俺が)。

信じられないものを見た。
俺が枕にしていたものは、左近の膝だった(そういえば空が妙にせまく見えていた)。
木の幹に寄りかかり眠っている左近がいる。その膝で俺は暢気にも状況見分などしていたのだ。

「左近」

名を呼ぶが、応答はない。
ひんやりとした頭の感覚を思い出す。もしや、と思って左近に手を伸ばし、放り出されている手に触れた。
恐ろしく冷たい、死の温度だ。
肩ではおびただしい量の血が乾いている。
本物の左近だ。顔は見えない。
左近は死んでいる(死んでいる?)。
顔を掴んで、目を合わせる。目は閉じているから視線は交じり合わない。その頬も冷たい。

「左近?」

なぜ、ここにいるのか。俺を連れてどこへ行くつもりだった。それともここが終着点の予定だったか。
おそらく、撤退中の俺が会った左近は本物だったのだろう。
ならば、なぜ俺に斬りかかった。
教えてくれ。俺はまだまだお前に適うほどの頭が無いのだよ。
実を言うと、俺はお前のことを少し、ほんの少し尊敬していたのだ。俺はまだ若く、特に軍事面での機転が利かない。お前の話はいろいろと幅があっておもしろいし、口が裂けても言えなかったが、(本当に少しだけだが)尊敬していたのだ。
この世でさまざまな面で信頼に足る男はそう多くは無い。その面でお前のことを深く信頼していたし、尊敬していた。お前は俺の師であった。

これは、本人に言わなければ無意味なのだ(知っている)。
だから、俺が実際にお前に伝えるのはもっと遅くなる。だが、待っていてくれれば、嬉しい。











10/01