「殿ー殿ー」

襖を開けて、部屋の様子を窺う。中心にこんもりとした布団がある。
珍しい。お寝坊さんな殿なんて。
布団に完全にくるまっている姿がとても愛らしい(息苦しいだろうに)。
足音を忍ばせて、そうっと近寄ってみる。
いったいいつに寝たのか、完全に熟睡している。
敷布団に触れると、ほんのりと暖かい。が、ひんやりが勝っている。今さっき布団にもぐったばかりのようだ。
あれほど、夜更かしするんだったらさっさと寝て早起きしてくれって言っていたのに。どうにもこの殿は熱中すると時間を忘れてしまう。
かと思えば、朝、こちらが驚くほど早くに起きて城を見回っていたりする。特に、天候の悪い日は。それでもって破損箇所を直させているものだから、俺は頭が上がらない。

「とのー」

掛け布団に触ると、ほのかに暖かい。しかし、まだまだ冷えているだろう。
そこで俺はなにかを間違えた。
殿の布団にもぐりこんでみたのだ。

「冷えてるっ」

予想外にひんやりした布団に驚いた。
完全に潜りこんでいたから知らなかったが、殿はこちらに背を向けている。
まさか、そんな、これでも起きないのか。
なんという危機感の薄さ!

「とりゃっ」

せっかくだから、起こすついでに暖めてやろう。
大丈夫大丈夫。主と臣ではなくて、同志なのだから。
なんの根拠もない適当な自信に頬を緩ませながら、殿の腰あたりに抱きついていた(よおく考えると破廉恥だわ)。
男は男でも、俺はかなり体つきがいい方だが、殿は少し華奢な部類になると思う。
いや、俺の体つきが良すぎるのか。殿は華奢から普通の間くらいだろうか。それともこれが平均か?
秀吉殿も随分細身のようにも見えるが、もしかして、俺がでかすぎるだけなのか。
他のひとは……慶次は、うん。あれは論外だ。
直江殿……、直江殿は平均だな。間違いなく。もしかしたら少しごつい部類かもしれん。ただ身長が高いから、細く見える。
真田殿は、むだな筋肉があまりない、しなやかな肉体だろう。決して俺や慶次みたいに筋肉質ではないが、華奢というわけではない。そして平均でもない。理想の体型だな。
やはりあそこらへんとくらべると、殿がすこし細身に見えてくる。
いや、実際、今抱いている腰は細い。
正座すると骨盤が広くなるっていうのに。意外だ。
……まだ起きないのか。
なにしてるんだ、俺は。
いや、起きない殿が悪い。決して、絶対に、なにがあっても、布団にもぐった俺は悪くない……と信じたい。



「……」

妙に蒸し暑くて布団を蹴ろうとしたら、うまく体が動かない。よくよく意識を集中させると、腰あたりに妙な重さがある。
最初は一体なんだろうか、とぼんやり考えていたがすぐに我に返って、腰に巻きつく奇妙なものを蹴り飛ばし布団から這いずり出た。
心臓が異様なほどに脈打っている。曲者か。蛇か。
そういった緊張のなか、恐る恐る布団をめくり上げた。

「……っ、さこーん!」
「とのー!」

俺の叫び声に呼応するように、左近も叫び、起き上がった。わけもわからずに叫んでいたようで、寝ぼけ眼で俺を見ている(どうやら左近には、俺が叫ぶと叫び返す習性があるらしい)。
日の位置を確認する。随分と高い。
左近はきっと起こしにきたのだろう。だが、なぜそれが俺の布団の中で、俺に巻きついている。

「あー、おはようございます」
「おはようではないおはようでは!」
「あ、こんにちは」
「挨拶の問題ではなく、なぜ俺の布団に勝手に入っているのだ! 不届き者! はれんち! 不束者!」

起きぬけにこの大声はすこし辛い。しかしそんなこともかまっていられないほど、俺は激昂している。
そしてこの俺の言葉に対し、左近は寝起きにゆるい笑顔でこう言った。

「不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」











09/12