殿は、どうにも、その智恵を言葉にしてしまう癖があるようだ。
殿自身、真田殿に言葉に頼るなとおっしゃってはいたが、これも戦国の倣いなのか、どうにも言葉で、理的にものを考え、一種、まくし立てるように相手に伝えてしまう。
それは相手にとってみれば、やはり不快に思うこともあるだろう。なにぶん殿はお若い。
そこで、策を弄することにした。

「殿、左近をこどもだと思ってください」
「疲れているのか?」

殿から労わりの言葉をもらった。これは珍しいことだ。
なにせ、殿は飴・二、鞭・八の割合で出来ている。だから、こうして飴をもらうことは珍しい。ただ、心配のされ方が少し悲しいものでもある。

「いえいえ、疲れていませんよ。ただ、左近をこどもだと思ってほしいだけです」
「熱でもあるのか?」

また心配されてしまった。よくよく考えれば、俺のほうも少し唐突すぎた。

「ありません。ええっと、左近をこどもだと思って、少し、やわらかい喋り方を練習していただこうかな、と」
「なぜ、そのようなことをする必要がある」
「あ、こどもにそんなに強く言っちゃ、泣いちゃいますよ」
「理解できん。なんのためにこども相手に喋ることがある。そのような戯れ、かまってられぬ」

一から説明したとしても、聞き入れてくれるとは思わない。唐突に切り出してもやっぱり、だめだった。ならば、直球に勝負するのではなく、回りくどく説明してみようか。

「秀頼君はまだまだお若い。かように仏頂面しておられますと、怖がられてしまいますぞ」
「……む、そうか?」

殿の心を掴むには、この手しかない。
ここで素直に、諸将への心象をよくするため、などと言っても聞き入れてくれるわけがない。殿のその、正義心あふるる態度が、お高くとまっているというようにしか映らないひともいるわけですし。なんて説明はもってのほかだ。

「だから、左近を相手に練習してみましょうよ」
「しかしだな……、俺はべつに、身の回りのお世話をもしているわけではないのだぞ。臣が主に対するというのに、そのようなもの必要ではあるまい」
「なにも秀頼君に対してのみではないですよ」
「たとえば?」

言ったら嫌な顔するんだろうな、と思いつつも、他への逃れ道がない限り、言うしかない。

「諸将に対して。西軍についたとはいえ、殿があまりにもかようにしておられると……」
「必要ない」
「殿」
「あいつらは俺の態度で西軍についたのではない。秀吉様への御恩と、義だ」
「すべてが殿と同じように考えているのではないですよ」
「だが、事実だ」

なんてこったい。
西軍についた皆が、太閤殿下への御恩と、豊家への御恩、そして義で動いていると頭っから信じ込んでいる。そういうまっすぐなところにもやっぱり惹かれるんだが、この盲信は放置するには、恐ろしい。

「諸将の怪しい動きにも目をつむるおつもりで」
「義が、怪しい動きなど、するはずがあるまい」
「義でひとは動きません」
「……たしかに、多くはないだろう。事実、たぬきの側に利を求めて群がった蝿は多い。だが、こちらは違う」
「その根拠は」
「秀吉様よりの御恩だ」
「利ではないと」
「そうだ」

病的だ。

「いいか、左近。確かに、秀吉様よりの御恩を忘れ、東軍に走った者どもが多少なりともいることは認めよう。だが、福島正則や加藤清正は違う。あいつらは利に走ったわけではない。俺が憎いだけだ。たしかに愚の骨頂だ。万に一つの可能性だが、徳川が勝利した場合、あいつらはどうするつもりなのだ。……まあ、ここは論点が違うか。だが、利に群がった者どもなど、所詮寄せ集めのあべこべな軍だ。だから、こちらが勝つのだ。俺などは関係なく、な」












08/15