「なんだ左近……、まだ歩くのか?」
「あともう少しですよ」
「さっきからそればっかりではないか。お前の体内時計は狂っているぞ」
「ほんと、あと少しですってば」
肩で息をしながら、ようやくようやくと言うように傾斜を上り始めて、どれだけ経ったのだろうか。とっぷり日も暮れて視界も悪いし、こんな山の中だ。獣が現れないとも限らん。
それでもって左近はのんびりと「あともう少し」とばかり言う。
理由も目的も知らない。
あいつが黄昏れるように空を眺めていたと思ったら突然、俺の腕を引いて「山登りましょ」と言いはじめたのだ。そして「あともう少しですよ」。ほんの少し前から新しい分野が出来た。「間に合わなくなっちゃいますから、少し急ぎましょ」だ。
一体、なにに間に合わなくなるのだ。いつまでにどこへ行けばいいのか、さっぱりわからん。
そして左近が俺の手を離さないのもさっぱりわからん。
俺は子どもではないのだから手を離したところで、目を離したって勝手にどこかへ行くことなぞない(まあ今は帰りたい気持ちでいっぱいだが)。
「お前は……、いい加減理由を言ったらどうだね。目的地はどこだ」
「秘密ですよー」
「……」
茶化されているのはわかっているし、ろくに俺の話に聞く耳持たないのも知っている。だが、ちらりと見えた笑顔があまりに幼く見えたものだから俺は黙ることにした。年齢を感じさせない笑みだ。
しかし、もう夜中と言っていいほどの時間ではないか。俺は丸腰だ。獣が出たところで逃げ切れる自信もあまりない。左近も見たところ丸腰のようだが、左近なら獣相手だろうと取っ組み合いでもすれば勝てるような気がする。むしろ獣と仲良くなっていそうな気もする。
眠気がすっかり吹き飛んでいる。足元も意外としっかりしているし、目も闇に慣れてきた。左近が熱心に空を眺めているから俺もつられて眺めてみる。群青の空に黒い葉の影、それからちかちかと白い点。よく見る夜空だ。
「つきましたよ」
「……結局、山頂まで到着してしまったというわけか」
「そんな大きな山じゃないですからね」
大きな岩が丁度良くあったものだから、左近はこれはよしと言わんばかりに腰かけた。立ちすくんでいる俺を振り返り手をこまねくものだから、なんとなくフラフラと近寄っていた。そうしたら左近に腕を引かれて、左近の足の間に座らされたものだから、尻が痛くてかなわない。岩は硬い。
ここまでやってきて、結局なにが理由なのか俺にはさっぱりわからない。左近の顔を覗いても、笑っているだけだ。本当に不審だぞ、左近。
「ほら、見てくださいよ」
「なんだ?」
左近が指差す方を見て、思わず目を剥いた。
流れ星がいくつもいくつも、墜ちはじめていた。虫のようでもあるし、のれんのようでもあるような、俺の知っている言葉ではうまく説明ができそうにない。いや、あの墜つるおびただしい数の星を口で説明するなんてことは、難しい。
「そら、殿の美しさに星が恥らってますぜ?」
この軽口が無ければ、もう少し神秘的な気持ちに浸れたような気もするが。
彼らが何を思って墜つるのかは知らぬ。しかし俺はどんな理由があろうと墜ちるわけにはいかない。
「すっごい、気障な台詞だ」
(しし座流星群を思い出しすぎました)
08/12