05:授業中に君を見ながら

三成










ああ、そうだ。

俺はあの男のことを尊敬していたのだ。




昼休み直前の授業、他の生徒たちは細切れになった集中力を取り戻そうと必死になっている。

古典の島左近。

ヤツの授業中に居眠りでもしようものなら、雷がおちる。

怒るなどと生易しいものではない。

鬼の左近の名にふさわしいくらいにだ。


普段、柔和な左近が居眠り程度で怒るなど想像もつかなかったが、実際目の当たりにしたのだ。

だから違いない。


学校では鬼の左近。

ご近所ではヘラの左近(道具のヘラではない。ヘラヘラしているからだ。我ながらセンスの無さに辟易する)。


カツカツとチョークで黒板を叩く音が響く。

教科書を読み上げる左近の声。

少し掠れ気味の低い声に、ゆっくりと目を閉じる。






あれは、いつ頃だったか。

俺はまだ小学生だった。

左近もまだまだ新人教師で初々しさが捨て切れてなかった。

ご近所さんで、小さい頃から世話になっていた俺はよく左近に勉強を教えてもらっていた。

よくよく考えれば、新人の教師なんてのは右へ走って左へ走ってと気疲れもひどいだろう。

それでもいつも笑顔を浮かべてクソ生意気だった俺にかまってくれてたのだ。

思い出すとなんだか左近が素晴らしい人間のように思えてくる。

…いや、実際すばらしい人間だと当時から思っていた。



頭が良くて気も利いて、根気強く俺にかまってくれた。

そんな左近みたいな大人になりたかったのだ。



まあ、左近みたいになりたいなど今では間違っても思わないがな。

それにこの性分では、子供をかまうというのはひどく困難だ。

間違っても教師には向かない。



自分の口の悪さとユーモアの無さには情けないとすら思う。

思ったことを直球に言い過ぎる。それをフォローするユーモアが無い。

つまり俺は嫌われ者だ。



しかしそんな俺にもかまわずベタベタとひっついてくるのが、左近や兼続、幸村に慶次だ。

とんだ物好きもいたものだ。

が、嫌いではない。



他人に嫌われるのは別にいいが、他人に好かれるというのはこんなにも穏やかになれる。





コンコン


「…ん」


いつの間にか近寄ってきたのか、左近はチョークで白くなった指で机を軽く叩いていた。


「俺の授業で居眠りですかい?」

「いや、寝てはいないぞ。瞑想だ」

「そうですか?」



人を食ったような笑顔を浮かべ、教壇へ戻っていく左近。

昔はあんなクセのある笑顔なんかじゃなく、もっと若々しく爽やかに笑っていたと思う。




今日の授業中、左近は九回、片笑いを浮かべていた。