28:空白の2時間半
幸村
だだだだだっ
「ちーこーくーだーっ!」
私の名前は真田幸村。私立たぬき学園に通うことになったピッカピッカの一年生、普通の男子生徒です。ちょっと遅刻が多いのが玉にキズってよく自分で思います。
いつもなら開き直って歩くところを、今日は走っています。なぜなら今日は走れば間に合いそうだからです。だから走っています。口にパンをくわえて必死に走ります。
それにもうひとつ、走っている理由があります。
今日が入学式だからです。
これは走るっきゃあるまい。
そんな理由で朝ごはんを食べながら走っています(入学式の最中には食べれないし)。
「炎よーっ!」
炎のように燃えて走ります。
そういえば寝癖をなおしていませんでした。大変だ、私の髪はきっと見るも無残なことになっているでしょう。しかしそんなことを気にするのは学校についてからです。
たぬきの悪いところを二つ述べるとしたら、駅から遠いのでバスが出ているため、乗り遅れたら遅刻は逃れられない運命であることと、名前が激ダサなところです。
どっしーん
「ぷぎゃっ」
「ふおあっ!」
事故が起こりました。
最後の曲がり角を曲がろうとしたとき、向こう側からなんと原チャリがやってきていたのです。まあ、そんなに速度を出していたわけではないようなので、私は事なきを得ました。
「どこを見ているんだ!」
「パン!」
「は?」
気付くとくわえていたパンが無く、慌てて地面を見渡しました。
すると、コンクリートの上に悲しげに倒れるパンの姿。わらわらとアリが寄ってきています。これはもう食べれません。なんということだ。こんな理不尽なこと、あっていいのか。
「パン、パンが……」
しょんぼりしました。
幸村はこの世の絶望というものをこの年にて味わったような気分です。
「おい、怪我はないのか」
さっきまで「どこを見ているんだこのボケ! 本気で轢き殺すぞ!」とか言っていたひとが突然優しくなりました。こういうひとを世はツンデレというんでしょうね。
けれど私はツンデレには興味ありません。むしろ、どっちかハッキリしろやとか思います。
ともかく、失意のなか立ち上がり、ぶつかったひとを見ます。身長は私よりほんの少し低いように見えます。髪の毛は真ん中分けです。茶髪です。制服を着ています。ポンポコ制服です。
同じ学校の生徒らしいです。
……茶髪、原チャリ、口悪い、ツンデレ……、このひとは不良です。こういうひととは上手く付き合えない私です。
実を言うと私は、とても、他のひとが思っている以上に内向的で、自虐的な傾向があるような気がしてなりません。
「怪我は、ないです。はい。大丈夫ですすみません」
「そうか、なら良かったが。病院送りになられたら堪らぬからな」
歯に衣着せないひとだな、と思いました。
それよりもパン……、いや、入学式です。入学式のほうがとっても大切でした。
「あ、パンか。そうかパンか。パンなら購買で買える。心配するな」
「はあ……」
「そのタイの色……一年生か。はやくしろ、入学式、もう始まっているぞ」
「え!」
まさかの展開です。あんなに急いだのにもう入学式が始まっているなんて。なんだか一気にやる気がなくなりました。
「じゃあ俺はもう行くからな」
「すみませんでした」
途中入場もしたくないし、家に帰るには遠いし、喫茶店もないし、どうしようか途方に暮れます。
ともかく、私は暇を持て余すことになりました。
*
「幸村、なにを笑っている」
「あ、いえ、なんでもないです」
「三成気をつけろ、幸村は今、妄想していたのだ! 近寄ると妄想菌が移るぞー!」
「兼続……、小学生みたいなマネをして、幸村がかわいそうだろう」
「いえ、私は……」
「やっぱり妄想ではないか!」
「コルァバカネツグ!」
今、思い出しました。
初めて会ったのは自習室ではなくて、入学式の日でした。なんだかすっかり忘れていました。
あの日、なぜ入学式があるのに原チャリに乗って帰っちゃうんでしょう、とか思っていましたけど、入学式には先輩方十数名しか参加しないらしいです。
間違えて学校に来ちゃって、しぶしぶ帰る先輩がずぼらというか、うっかりさんだなあ、と思いました。
真田幸村。
07/12