22:登校拒否

親子










「ほら三成っ、朝だよ朝!起きなさーい」


ぎゅむうう

朝だ。とんでもない朝が始まった。


「ほーら!遅刻するよー」

「わかってます…、わかってますから…」


俺の掛け布団をはちきれんばかりに引っ張り続けるのはおねね様。俺のおかんだ。なぜおかんを様づけで呼ぶかって、どういうわけかそうしないといけない気がしているからだ。


「三成!わかってるならおきなさい、お仕置きだよ!」

「普通に…平気ですから…。今日ばかりは…」

「ああもう!私はおまえをそんな子に育てた覚えはないよ!」

「…育てられた…覚えはありますけれども」


確かに、育てられた。俺はしっかり育てられた。随分年上の兄二人とのケンカに何度怒られたかわからないほど育てられた。
兄?仲が悪いから名前など知らん。

しかし今日ばかりはどうしてもイヤだ。イヤなものはイヤだ。俺は物事をはっきりしたい人間だ。
というか寝起きの俺は頭が回らない。


「ねね、朝からどうしたんじゃ」

「お前様…、大変だよ、三成が不良になっちゃうよ」

「なんじゃと!」


むう、秀吉様までいらっしゃった。困ったな。父上が登場すると俺は大抵、うまく丸め込まれてしまう。
しかし、今日の学校は…、むううう・・。


「どうしたんじゃ、三成!わしでよければなんでも相談にのるぞ、言うてみい。誰にいじめられたんじゃ?」

「そうだよ三成、父上も心配してらっしゃるよ」

「いえ…なんだか、体調が優れず…」

「なに!三成が病気!こりゃあかんぞ、ねね。お医者さまを呼ぶか!」

「お前様、救急車は110で良かったっけ?!」

「911じゃろ!」

「いや、あの、ほんとう、ただの風邪だと思うので…」

「風邪じゃと!肺炎の元じゃ!」


火に油だったか。

そうだ、俺は生まれてこのかた大病という大病もなく、風邪など滅多にひかない健康優良児なのだ。まさかここまで心配されるとは、予想外だ。
そもそもなぜ今日という日、学校へ行きたくないかというとだな、恐怖の体育祭がだな、あるのだよ。


「あ、お前様、今日は体育祭じゃなかったのかい?こんな時間まで家にいて平気なの?」

「むむ、そうじゃった。……体育祭、はっはーん、三成、わかったぞ。お前、体育祭がイヤなのじゃろう」

「そ、そんなことはないです本当に。三成良い子だからそんなダダこねませんよ。ごほごほっ、ほら、風邪です」

「あたしはおまえを仮病なんてせこたらしいことを考える子に育てた覚えはありません!」

「わしもじゃぞ、うん。左近が聞いたら泣くぞ」

「・・・」


どうして体育祭に出たくないなど、疲れるからに決まっておる。おもしろくもないし、暑いし、鬱陶しいばかりだ。
汗をかくことがどれほど辛いことかわかるか。べたべたするし、冷えるし、体の水分はなくなるし、なにより、俺が汗をかくなどみっともないではないか!


「ほい、んじゃま、行って来るわ」

「ぬおおっ!離してください!パジャマです俺!」

「車の中で着替えい」

「体育祭などっ、行くっ、ものっ、か!」


がしっ

華奢な体のどこにそんな力があるのか、父上は俺を軽々しく担ぎ上げた。しかし俺も負けていない。必死にベッドの柵にすがりついて、連れて行かれまいと対抗する。
俺を連れて行こうとぐいぐい引っ張られるが、俺は、負けない。


ごんっ


「あっ・・・」

「行ってらっしゃい、お前様」

「うむ。愛しとるぞ、ねね」

「いやだわあ、息子の前で」


目の前で存分にノロケられたがそれどころではない。俺は今、絶望という名の海へと投身自殺した。
柵を掴むことに必死だった俺は、母上の存在を完全にフォーゲットしていた。俺の手を、渾身の一撃にて撃墜するような母上をフォーゲットするなんて、ばかか。

負け惜しみに、父上の背中に皮脂をこすりつけてやりながら、ゆらゆらと揺られながら階段を下りて、ドアを開け外へ出る。頭は父上の背中の影にあるが、尻はそんなことない。尻で受けただけだがわかる。今日は、とんでもない晴天だ。

こんなに天気のいい日に体育祭など、ばかだ。


「あ、おはようございます」

「お、左近か。おはよう。今日ももみあげ伸びてるのう」

「はあ・・。それよりもその大荷物は・・・」

「左近もよう知っとるじゃろ。息子の三成じゃ」


ばた

なんだか喋るのも腹立たしいから、足だけを動かして左近に挨拶した。


「これまたどうしてそんな状態で」

「いやな、仮病を使って体育祭をサボろうとするもんじゃからな」

「はあ…、お疲れ様です」

「うむ。左近、遅刻するなよ」

「はあ」


さえない返事をした左近は、どうやらそのまま去ったらしい。

後部座席に放り出されて、俺はしぶしぶ着替え始めたのだった。



06/09