19:雨のち曇り、晴れ

兼 + 三 + 左










触らぬ神に祟りなし、とはよく言ったものだ。興味本位で首をつっこめば痛い目にあうぞ、つまり変な好奇心を出さずにほっておけば自分に害は無い。

朝、登校してきた私は思わずカバンを落としそうになった。なぜかその空間だけ、誰も近寄らない。


「ど、どうした、三成」

「カムサハムニダエコエコアザラク…エコエコ…」

「ひっ、ひいい!」


触らぬ神にたたりなし!

今日の三成は本当に神がかってる!声は低いし、語調は平坦、本当にぶつぶつとなにか呪文を唱えている。好奇心よりも恐怖心が勝る。

机につっぷしながらぶつぶつと呟く三成に、クラスメイトも恐れをなしているのか誰も近寄らない。


「三成…?」

「エコエコザメラク…エコエコケルノノス…」

「三成!三成!かえってこい!」

「ザーザース、ザーザース、ナーサタナーダ、ザーザース」

「そんなマンガの呪文唱えてないで!」

「アードナイ…ハーレイツ」

「マンガの読みすぎ!」

「アニョハセヨ」

「オンベイシラマナヤソワカ…」



父上、私に毘沙門天の加護を!



「お前らー席につけー…、…どうしたんですか三成さん」

「ポッキンガムプリッツ…」

「は?」

「オンベイシラマンダヤソワカ…」

「ちょ、直江さんも」









いかんいかん私としたことが。朝は少し意味のわからない三成相手に取り乱してしまった。

いかに三成が引きこもりかよくわかった。マンガやら映画やらの台詞をよくも覚えられたものだ。私だってわからなかったのに。

ともかく島教諭の喝で私はこうして現実に帰ってきたわけだが、三成は未だに廃人のごとく机につっぷし、なにかを呟いている。まあ、流石に授業中は黙っていたが。その代わり紙に書いていたのか、ガリガリという音がすごかった。(ノートを覗き込んだらカオスすぎて私には理解できなかった)


こうして昼時になったというのだが、動く気配が無いのでとりあえず引きずって屋上へ向かった。三成のカバンも持ってきたし弁当の心配は無い。



「三成、昼だ。昼餉だ」

「みつなり、ひるだ。ひるげだ」



完全に心ココにあらずの三成に私は白旗をあげたくなった。それでも、変な呪文を唱えなくなっただけマシということなのだろうか。でもオウム返しもなかなかつらいぞ。

いや、でも誰か助けてほしい。真剣に。



「ほら三成、弁当。母上が作ってくださったんだろう」

「みつなり、べんとう」

「略すな!」

「うむ」



あ、少し会話らしくなってきた。

なんだか回復してきた様子の三成に私は一抹の感動を覚えた。普通に会話が出来ることがこんなに嬉しいなど、知らなかった。

…と、いうことは。三成は私に会話の素晴らしさを教えてくれているというのか!なるほど義だ!



「三成、共に義に生きようぞ!」

「うむ」

「おお!直江兼続、感動した!感動のあまり姓と名の間に山城守といれてみよう!直江山城守兼続、感動だ!!」

「うむ」



と、まあ大喜びしてみたわけだが、結局三成はまだぼんやりしている。

そもそもどうしてこうなってしまったのか、という根本からつきつめていければいいのだが、三成がこの様子ではそれも絶望的だ。



「うむ」

「三成」

「うむ」

「なにがあったのだ」

「うむ」


会話ってすばらしい。話の通じる会話ってあんなにも尊いものだったんだ。知らなかった。私もまだまだだな。

いやそんな場合か?そもそも私が三成の面倒を見る必要があるのか?必然性は?義?義ってなにそれ。おいしいの?不義?なにそれ?おふの仲間?味噌汁にはいってる?義?それって食べ物?



「義って食べれるのかなあ…」

「食ったら腹壊しそうですけどねえ」

「味噌汁には不義が入っている」

「は?」

「おや?島先生、どうされた」



ちょっと軽いトリップしていたところに、島先生が現れた。昼はもうすませたのか、手ぶらだ。少し暑いからか、ワイシャツの袖をまくっている。毛が…。


「いやいや、三成さんの様子見に来たんですよ。ほら、様子、変でしょ?」

「はあ…、これでも朝よりはマシになったと思うのだが」

「ああ、昼ですものねえ」

「そうなのか?」

「ええ」



いまいち理屈がわからなくて考えてみるが、やはりわからない。私がそうこう悩んでいるうちに島先生は三成の目の前にしゃがみこみ、ぱたぱたと手を振ったり、パンッと大きな音を立てたりしている。

それでも三成は「うむ」としか言わない。



「先生…、これはもしや、心の病では…?」

「うむ」

「いやいやいや、ただの五月病ですから」

「うむ」

「五月ッ…病…」



五月ももう終わるというのになんというていたらくだ。

というか五月病というのはだな、そもそも新しい環境に馴染めず鬱状態になることを言うはずだったのに。



「はい三成さーん、この指何本?」

「ご」

「・・。そりゃ指は五本ありますけれどね。2ですよ、2」

「に」

「はいよくできましたー」

「…」



なんだかこどもの世話をしているようだ。

どうしたものかと私は今、五月病を発症しそうなほど、鬱状態だ。



「はいはい、ゴハン食べてくださいねー。おねねさんに怒られますよー」

「うむ」



疲れた。




(三成の回復の具合の話/五月病だという話/兼続が疲れたという話=オチって食べれますか)
(呪文はエコエコアザラクと毘沙門天より)

05/28