a Madder-colored,







「お母さんだね、いやお父さんなのかね」
「…?」

 物思いに耽っているとみていた獅子髪の彼が口を開いて庭の方に目をやっている。俺も久しく視線を横にやれば、左近がこちらに向かって、歩いて来ているところであった。

「今の独り言」
「ああ?、聞こえちまったかね、いやこっちの話だ」
「なら口に出すな、」

 俺は危なく「気が散って不愉快だ」、と音に言いそうになるところを堪えて喉に飲み込んだ。左近にもよく指摘される点であるが、俺はどうにも人を不快にさせてしまう性質のようで、左近曰く、言葉が余計だと。俺がそのようなつもりでない、と言うと、対する左近は、せめて愛想よくされるのは如何ですか、と返してくるのだ。その出来事を覚えていたので、彼には何とか思い止どまった。……実は、今話していて思い出しただけなのだが。

「そうだな、御仁の言う道理だ」

 がははっ、と屈託なく惜しげもなく曝す笑みと皮肉のない声、何人にも劣らない人当たりの好さは、彼、前田慶次の優れた長所になっているだろうと、彼と接していて感じる。もし俺が先の思った言葉をありのまま彼に言っていたとしても、きっと、俺に対する彼の態度はいつまでも変わらないだろう。そんな人間がこの世にいることを、心の底で有り難く思いながら、実は思考の何処かでは、やはり冷たくあしらってしまいそうな気がいまだ強く、また、自身にその行為(他人からの笑顔)が向けられることに対する違和感で、大変に体がむず痒くなる。

「殿とはいえ、そのような口を開いて」

 舅(のような男)が部屋にたどり着いて、開口一番しゃしゃり出てきた。聞こえていたようだ。俺はこのことに一様の煩わしさを覚えはするが、この男自身に嫌悪の憎を抱くことはない。何故なら、この男の言うことはいつも道理が通っており、きちんと筋道立てて話すため、自然と聴きやすいものとなるのだ。…指摘点を改善へ運び実践できるかどうかは、また別の問題だが。

「別に構いやしないさ」

 あっけらかんと、また楽しそうに笑いを洩らす大男の声は、ゆったりと落ち着いた音で、余裕ある器の大きさが窺える。

「あれ、兼続殿は?」
「ああ、裏手を見にいったよ。何でもこの佐和山の秋は、見物なんだってなあ」
「ええ、紅葉がすごいですよ」

 俺がいる部屋の縁側に慶次が座って、その横に左近が立っている。改めて、普段では見慣れぬ組み合わせだ、と感じる。元々、慶次は物見遊山な兼続についてきただけだから、俺達との接点は兼続だけだ。なのに、肝心な兼続がいないとあっては、なんとも場が保たない。

「紅葉のどこがいいのかは、俺にはさっぱりですが、おたくは?」
「好きだぜ、あの色が混ざった具合と散るさまが、儚くってな」
「では、一緒に見に行かなくても?」
「こういう時は一人で堪能するがいいんだって。ま、その気持ちは理解できるからねえ」
「そういうものなんですか」
「そういうもんさ」

 …なんとか保つものなのだな。左近のおかげか。やはり年が上の者同士、気が合う所もあるのだろうな。


「左近は、何か用があったのではないのか?」
「ああ、いや、取り立てては無いですよ」
「取り立てて無いのに来たのか」
「はい」
「まあまあ、楽しくやろうぜ」

 左近はこれ迄にも、執務が終わり時を向かえると、部屋に顔を見せに来ることがあった。特に用はないと言いながらだ。おおかた、執務のはかどり具合を計りに来ているのだろうな。しかし、左近自身がそう語ったこともないので、推測の域は出ない。

「執務の按配は」
「もう終わる」

 推測は結論になるようだ。左近直々に来るなどと手間を取らなくても、小姓がいるというのに。なんの為の小姓だというのだ。

「やっと、一息つけますかね?」

 言いながらの左近は眉をくしゃりと下げて、解放感を得た時のように唇の片端をゆるくあげて、穏やかに笑む。そういえば、この毎回変わらない問答が終わると、必ず左近はこの表情を見せる気がする。唇の端をあげることは左近の笑う時の癖だ。

「別にどちらでも構わない」
「そりゃ忙しくても平気、ってことかい?」
「場合によってはな」
「殿はいつもこう言うんです」
「本当のことだ」

 俺はいつも言い返すが、左近が返すことはあまりない。ただ、俺の意見を歩ませてくれる。横道に落ちないよう、俺の志に添ってついてきてくれ、時には痛い言葉もくれるが、落ち着いた雰囲気を崩さない。実はそれが、俺自身の落ち着く処ともなっている。左近のそれは、茶室が狭く、その狭さと籠る温度の温かさに心を預けて、安らぎ和らげる時と似ている。人が無条件で自身を預けていられる場所に似ていると思う。しかし本人に伝えたことはない。

 ふと聞こえた、外からの物音に視線を庭奥にやれば、裏から帰ってきたようである兼続が何かを指差しながら、感嘆の声を上げてこちらに向かってきているところであった。



「あーあ、なんだってまた庭を往復なんてしてたんだい?」
「見てたんですか」
「縁側からは丸見えだからさ」
「別に構いはしませんけど。」
「毎日様子を見に来てるのかい?」
「言ってないですけどね」
「…庭じゃ、アンタが来ても、部屋の中からは見えてないと思うぜ?」
「それで構わないですよ」
「―いいねえ、…果報だな、三成は」
「……、心配で、ね」


「何が構わないと言うのだ」
「!、聞こえ…っ」

 いや、左近が構わないと言ったことしか、聞こえなかった。

「ハハハ!お袋さん、って話だぜ!三成には早い話かもな」

はあ?なんだそれは。…悪い話でもないようだ、まあいい。










茜さす君へ、
(07'1203)










------
shina
『霞狩』塵芥朧さまより賜りました!
ある日突然、四万打おめでとうの小説をくださるという胸の持病(ありません)に悪い素敵なお話をいただき、あつかましくもリクエストさせていただきました……!そして、四万打とフライング五万打おめでとうということで先日賜りました。
ああ、もうどこからなにを申し上げたらよいのかわかりませんがこの小説は私のものです。
三と慶の無言の時間をもふもふ妄想したり左と慶がお話しているときの三を妄想するだけで私のパッションは止まりません。
慶と左がのほほんと三のことを話しているけれど三は兼に意識が向いていたり、とてもほのぼのなシーンをおりがとうございます。私のオリゴ糖、いりますか?
あ、「間違っても慶左ではありません!」とのことです。笑
ではでは、本当にありがとうございました!

12/04