た だ  い だ け な ら ば 、


 その白い手のひらに転がる、小さな星粒たち。
 「幸村、口を開けろ」
     と、名指しで言われて何の疑心も抱かず、あっさりと幸村は口を開いた。
 無造作に放り込まれたそれは確認するよりも先に、ころころと口の中で遊ばせている内に跡形もなく溶けてしまう。ほのかに残る甘みだけがしばらくその存在を主張していたが、やがてそれもだんだんと薄れて、その後に消えた。
 「金米糖、ですか?」
 「当たりだ」
 生まれは遠く、遥か海の彼方にある南蛮から渡ってきた菓子の類である。正しく言い当てた幸村に、硬質な印象を与えがちな線の細い輪郭が、柔和な笑みを乗せて得意げに言う。
 この人を指して平懐者だと、いったい何処の誰が言ったのか。
 今、寛いだ様子で居る三成を見ていると、俄かに信じ難い気持ちになる。
 「もっとやる。手のひらを出せ」
 「三成、私にはくれないのか?」
 「兼続にもやる。だがまあ、幸村が先だ」
 三成曰く、こうした些細なことにもいちいち順列というものは大事であるらしい。
 積極的に逆らわなければならない謂れもなく、幸村は素直に手の内を見せる。ひと摘みと小粒が幾つか知れないが、その掌中に難なく落ちてきた。
 惚けたように眺めている隣で、兼続もその手に有り難そうに押し頂いている。
 「ふむ、これはまた甘そうな菓子だ」
 「言うなれば砂糖の塊だからな。ほら、慶次も来い」
 穏やかな陽気にうとうとと、縁側で日向ぼっこに耽る慶次にも声が掛かった。のそのそと鈍い動きで、熊が這い上がるようにして、彼もまた輪の中へ入ってくる。
 「少々甘過ぎるかもしれんが、貰ってくれ」
 「俺にもくれるのかい?傾いているねえ」
 大ぶりに笑って、慶次もその分厚い手のひらをおとなしく差し出す。
 兼続は慎重にちまちまとひとつずつ口に入れるが、慶次は一気に全部口に放り込んだ。その隣で、幸村はまだきらきらと、陽に透かしても濁りが消えない金米糖を飽かずにじっと見つめている。
 「どうした?」
 「いえ、何だか」
 気遣わしげな声に、幸村ははにかむ思いで一粒を指先に取ってみた。
 「もったいないなあ、と」
 そっと口の中に押し込むとやはり、淡くも密な甘さがじわりと直に浸透する。
 「遠慮するな。気に入ったのなら、もっとやる」
 「え、でも」
 「大盤振る舞いだな。しかしいったいどうしたのだ、こんなにたくさんの金米糖を」
 先までは、ごく普通にそれぞれの近況などを談じていた。そこへ突然三成が、思い立ったように部屋を出ると金米糖を持ってきたのだった。
 「ああ、」
 兼続の至極尤もな問いかけに、ふと幸村も興味を覚えた。何となく三つの視線が集中するさなか、三成は思案げにひとつ頷いて、その訳を話そうとする。


 ふわりと、花開くように笑みが深まった。
 「左近が、出先で持ち帰ってきたのだよ」
 時が止まる。息を詰める。
 その鮮やかさが心を掴み、沁み入る想いを捕らえて離そうとしない。


 「ずっと小さい頃に、秀吉様から頂いたことがある。そう話したら、土産にな」
 もう子どもでもないのだが、と。
 しみじみと憎まれ口を添えながら、滲む嬉しさを半ばも隠し切れていないのが、実に他愛なく感じる。
 噂をすれば影、というが渦中の人が三成を遠く呼んでいる。間延びした声の位置に見当をつけて、三成はすっと立ち上がりざま、こちらを斜めに顧みた。
 「すまない、外すぞ」
 「ああ、構わんぞ。こっちはこっちで適当に過ごす。なあ、幸村」
 「    え、あ、はい」
 日なたへ向かうその人を捉えながら、上の空に飛んでいた。浮ついた意識を手元に取り戻し、ようやく頷いた幸村にすまない、と再び断りを入れて、三成はそのまま出て行った。
 逆光に紛れてゆくその背をぼんやりと見送って、それから手のひらに目を戻した。
 白く、淡い、小さな星たちが、ひっそりとそこに佇んでいる。
 その刹那、胸に過ぎったのはいったい何の衝動だったのか。
 手のひらに小さく収まっている、金米糖のすべてを口に入れた。噛み砕くのも疎かにしながら、ひと息に飲み込んだ。
 氷砂糖の小片は、ただ焼けるような甘さを残し、あっさりと舌の上を通り過ぎてゆく。
 だがそれは、転がり込もうとする寸でのところで深くわだかまり、なかなか胃の腑に落ちようともせず、そして咽喉がささくれる違和感を堪え切れずに、幸村は激しく咳き込んだ。
 「おい、どうした幸村!まずは落ち着け」
 「はっはあ、こりゃあ駄目だな」
 唐突な発作に目を剥いて、兼続が茶を差し出す。大きな手のひらがこの背をさすり、見上げるとそのすぐ傍らで、呆れ半分可笑しさ半分と面妖に笑う慶次が居た。
 「ちーっとばかし、甘過ぎたかねえ」
 そう言いながら、首を傾げてじっと窺う素振りに、幸村は曖昧に笑った。
 受け取った茶を喉の奥に流し込み、それでようやく人心地が着いた。その先で、兼続が不可解げに自分を見つめている。
 幸村はごくもの静かに笑って、何でもない風にひとつ頭を振って、今度はゆっくり味わうようにお茶を口へと運んだ。

 痞えて噎せると分かっていながら、それでも無理やり飲み込んでしまおうとした。
 その訳を、と人に問われても分からない。
 ただ、
 (…………甘い、)
 という、それだけのことで。



ど ん な に  い か 。












10/26
『徒然。』の琴蕗様より、四万打オメデトウ小説を賜りました……!
まさか、いただけるなんて思いもよらず……!!
幸村の甘くほろ苦い衝動に胸を打たれ、もはやかきむしってしまいそうです。
慶次殿の登場に嬉しさのあまり笑顔に終わりが見えません。
萌えという次元を超えた、あるひとつの領域にある彼らがいじらしくかわいらしいです。
本当にありがとうございました!