be bom
自分に妹が出来たと聞いたとき、嬉しいやら今から妹という気持ちやらでなんとも言えない忸怩たるものを感じたという思い出はすでに懐かしいものとなった。なぜ、忸怩なんてものを感じたのかは知らないが、なぜか俺がなにかをして俺が恥ずかしい気持ちになった(父さんも母さんも若いな。もう二十歳になる息子がいるって言うのに)。
それでも、妹という響きには甘美なものがあった。男なら一度は「お兄ちゃん」と呼んでどこまでもついてくる可愛い妹を妄想するのではないか。俺もその一人だ。実際に妹がいる友人なんかは「妹に夢を抱きすぎだばか」とは言うけれども。そこは、俺がしつけてどこに嫁に出しても恥ずかしくないような大和撫子に育て上げるつもりだ。
そして産まれたのは、なんと男の子、つまり弟だ。俺の憧れでもある妹が股に変なものくっつけて産まれてきた(オウマイガッ!)。
保育器に入っているその弟は、まるまるとした顔に針のような細い目だった。頭にはお情け程度に毛が生えている。写真や映像で見る赤ちゃんとまんま同じで、本当に赤ちゃんってこういうものなのか、と妙に感嘆したものだった。
「なんだこのちんちくりん」としげしげ眺めていたら、看護士の人が不審がって俺に声をかけてきたということもいい思い出だった。
そして時は流れ、その弟――三成さんはすくすくと育ち、今は立派な幼稚園児になる。俺は、立派な会社員。
「三成さん、こっち向いてこっち」
「ふん」
入園式は休日にあったので、俺はパリッとスーツなんかを着てデジカメを持ってやってきた。
帰り際、「豊臣幼稚園 入園式」という看板の前ではいろんな人が写真を撮っていてなかなか自分の番にならず、最後のほうになってようやく看板前に場所をとることができた。こっち向いて、と声をかけると偉そうに鼻を鳴らして(慢性鼻炎だからしかたない)仁王立ちをした。
言い忘れていたが、三成さんは誰がどう育てたのか、とても態度がでかく口が達者だ。まるで幼稚園児とは思えない貫禄すら漂っていた。そこで、父さんも母さんも俺も、おもしろがって三成さんをさん付けで呼んだり、敬語を使ってみたりなんかしている。
「ほら、そんな顔していないで、笑ってくださいよ。チーズも」
「これでいいのか」
と、三成さんがしたのはニヒルな片笑いを浮かべた。本当に誰に似たんだろう。それでもって手は、チーズなんてかわいらしいことはせず、ゾンビのように中途半端なパーをしてみせた。
俺はそのまま写真を撮った。将来、アルバムを見返して恥ずかしい思いをさせてやる。
写真が撮りおわった知るや否や、三成さんはテテテ、とこちらに駆け寄ってきて俺のスーツを引っ張った。
「友達がな、できたのだよ」
「お友達が? それはよかったですねえ。仲良くなれそうですか?」
「もう仲良くなった」
よかったよかった、と頭をなでてやると、少し嬉しそうに笑顔を浮かべる。なかなか気難しい子だから友達ができるのか心配だったが、入園式でもう友達ができたというのだから俺も安心した。しかし、子供らしく、もっとキャアキャア喜べばいいのだが、三成さんは滅多にそういうところを見せない。赤ん坊のころも、夜泣きをちっともしなくてとても楽だった。
三成さんは後ろを振り返り、「兼続、幸村!」と呼ぶ。すると、看板の後ろから二人の男の子がパッと姿を見せ、こちらに駆け寄ってきた。
やってきたのは、短い髪の毛で聡明そうな顔立ちの男の子と、髪の毛が外に跳ねていて、ちょっと気弱そうな顔をしている男の子だった。
「お友達ですか? うちの三成さんをよろしくお願いしますね」
「まかせろ! 私の義と愛で三成は幸せな幼稚園ライフを送らせる」
と、言ったのは短い髪の毛の男の子だ。最近の子供って、こんなにはっきりと個性が出ているのか。三成さんがちょっと変わっているのかと思ったが、この男の子も結構変わっている。
俺がこの不思議な男の子にとりあえず笑顔を送っていたら、外ハネの髪の男の子がつんつんと三成さんの肩をつついていた。
「なんだ、幸村」
「三成さんのお父さんって、若いんですね。できちゃった結婚なんですか」
「父ではない。兄だ」
「えっ! 三成さんのお兄さんって、こんなに大人っぽい人なんですか!」
「そうだ」
少し気にかかる言葉もあったが、三成さんが得意げに俺を自慢するので悪い気分ではない。
やっぱり子供からすると、年の離れた兄や姉っていうのは羨ましいものなのだろう。俺がどこどこという大学を出て、今は会社勤めで帰ってくるのは遅いが、いつも遊んでくれるし本を読んでくれる……、など、熱弁している間も、二人の男の子は「すげー!」「かっこいい!」「いいなあ!」なんて騒いでいる。
年の近い子がいると、やっぱり三成さんも年相応になるんだなあ、と安堵した瞬間だった。
「でも、三成さん」
「なんだ」
「三成さんのお兄さん、変なニオイがする」
「は」
「どれどれ」
外ハネの男の子の発言を真に受けて、短い髪の男の子が俺に近寄ってきてくんかくんかとニオイを嗅ぐ。三成さんも困惑して俺に近寄って、ニオイを嗅ぐ。
変なニオイがするなんて、生まれて初めて言われた。
「ほんとだ。変なニオイがする」
「……そんな気がしないでもない」
「加齢臭……?」
三人はあれこれと勝手に話している。やれカレーのニオイではないだ、やれ大人のニオイだ、やれお父さんの香水のニオイだ。
これは、ただのコロンだ。大人のたしなみだ。しかし、そう言って子供にわかるわけもなく、なんと説明したらいいものか頭を悩ませた。結果、「これはフェロモンなんですよ」と言っておいた。
それから、二人の男の子の保護者もやってきたらしく、ばいばい、と元気に手を振りながら別れた(外ハネの子が大きな声で「フェロモンのお兄さん」と呼んだので恥ずかしかった)。
「おもしろい子たちですねえ」
「俺の目に狂いはないのだ」
「そりゃ、そうですか」
「ばかにするな」
手をつないでいたが、三成さんの背は低く、俺がかがまなくてはならなかったのでしゃらくさいと三成さんを持ち上げて、肩車にした。
「高い」
「左近は身長高いんですよ」
「あ、あの黒いのなんだ」
「あれは電線ですよ。触っちゃだめですよー」
貴重な休日だったが、三成さんの晴れ姿を見ることができて、普段の仕事よりもずっと充実した日だった。変なものをくっつけて生まれてこようがこなかろうが、兄弟っていうのはかわいらしいものだ。
「家帰ったら、母さんが三成さんの好きなつみれ汁作ってくれてますよ」
「なに、本当か? よし、左近、走れ!」
「落ちないようにね」
走り出すと、周りの人が変な目で見てきたが三成さんが楽しそうだったので良しとする。
12/02(12/13up)
shina
『三輪バギー!』浜さまに、相互ありがとうございましたの文章です。
こんなヘタレサイトとの相互ありがとうございます……!!
まず四万打おめでとうと相互絵をいただけるとのことで嬉しさのあまり「年の離れたサコトノ」というものをリクエストいたしまして、あまりに素敵な絵をいただいてしまったのでそのテンション覚めやらぬまま頭の沸いた文章を送らせていただきます。
本当にありがとうございましたー!