「耳……、これは、人間の耳だ。左近、俺は、別の世界の人間だ」
「……はいい?」
「世界はひとつではない。この世界はディオラマという、人間が作った箱庭だ。俺はその箱庭の模倣の世界に生きていた石田三成なんだ」
「とりあえず、寝言は寝てからおっしゃってくださると左近は助かりますが……」
「嘘でこんなことを言うかっ! 俺はここでやらなきゃいけないことがあるんだ。でもどうしたらいいかわからないから左近に訊いているのだ」
「はあ……」
……。
いかん、寝起きのせいで頭がうまく回らない。……言うべきことじゃなかったか? 何も知らない人間だったら信じられないことかもしれない。けれど、俺ひとりでどうしろっていうんだ(この、何も考える気のしない頭!)。
模倣の世界のときだって、慶次にしょっちゅう会えたわけではない。ならば一番近しい左近がいい。
……。
でも人任せすぎるのもいかん(と、左近が言っていた)。だから少しくらいは自分で考えなくては……。
「信じ、られないか?……無理だろうな。けれど、本当のことなんだ……」
「いやいや、でも、殿の様子が妙なことは認めますよ。左近が触っても怒らないし、抱きついてくるし、泣いたりなんかしてるんですもん」
「石田三成は違うのか?」
「……んー、殿にそんなこと訊かれるのも変な話ですがねえ。殿は左近が触ったら逃げますし、抱きついてくるなんて想像もできないし、泣いたりするなんて論外ですよ」
「俺と全然違う」
全部信じるわけではないが、ともかく俺が石田三成ではないということをなんとなく感じ取ってくれたらしい。これは助かる(なんでこんなに嬉しいんだ? 確かに嬉しいけれど)。
そして今の会話でわかったことがある。石田三成は俺とは全然違うということだ。慶次に少しは聞いていたが、本当に違うらしい。
「……となると、俺がすることは……? よくわからんな……。石田三成ではできないことを、俺がやればいいのか?……でもなにを?」
「……殿、それは、本気ですか?」
「本気だぞ? そのために俺はここへ来たんだ。石田三成は多分、模倣の世界にいると思う。心配なら慶次に様子でも聞いてみるといいぞ。あいつが俺に教えてくれたから」
変だな。妙に言葉がスラスラ出てくる。これは、俺が賢くなったということか。帰ったら左近に教えてやろっと。
俺だって、いざとなったらひとりでできるもん!
左近は俺を見て、顎をナデナデしている。ヒゲは剃ってあるのかジョリジョリという音はしない。それから俺の頭を触ってみたり、頬をつねったり、腕を持ち上げたりといろいろな試みをし始める。
頭を撫でられただけなら気持ちいいなくらいで済む。が、頬をつねられたりしたら痛いじゃないか。
「……殿じゃない」
「今のでわかったのか?……お前、もしや、その目になにか仕掛けを……」
「いや、殿なら激怒してもおかしくないのに……」
「なんで石田三成は激怒するのだ?」
「殿、人肌が大嫌いなんですよ……。普通、頭に触ったりなんかしたら『なにをする!』と怒りますもん」
「俺は触ってもらうの、好きだぞ。頭を撫でてもらえると、安心しないか? だって、褒められたり可愛がってもらえている証拠じゃないか」
左近は目をまるまると見開いて、あー、だとか、うー、だとか唸っている。考えているらしい。ついでだから俺も考えよう。
俺はなにをすればいいんだろう? 慶次はディオラマと模倣をぐるぐる回ることしかできないことと、六回目あたりの世界からずっと記憶を引き継いでいるくらいしかないらしい。今までの世界のことは詳しく教えてくれなかった。俺がなにをすればいいのか、それは『知らない』らしい。いや、『具体的に知らない』って言っていたから少しは知っているのかな……。わからんな……。あーもう! 頭ゴチャゴチャだぞ!
「殿……、考えてることが口に出て……」
「え? あ、またやってしまったか……。うるさかったのなら、ごめん」
「ごめん!」
「へっ?」
そういえば、この世界に来てから既視感というものが多い気がする。どんなことにそう思ったかは覚えていないけれど、今もその既視感を感じた。
「……殿が嘘をついてるかついていないか、それを見極める目と洞察くらいは持ってますよ。ええ、殿は嘘をついていない」
「ドウサツ……」
しまった。知らない言葉が出てきた。
俺は、左近が使っていた言葉を覚えているから知っている言葉が偏っているらしい。すごく難しい言葉も知っていれば、単純な感情を表す言葉を知らない、なんてことがあると兼続に言われた。
「ドウサツ……これって知らなくてもおかしくないくらい難しい言葉?」
「は?」
「えっ、あ……、すまん……、俺、あまり賢くなくて……。ちゃっ、ちゃんと後で調べるから!」
「はあ……。『でぃおらま』だとか『模倣』だとか意味のわからない話をしていたのに……、洞察がわかりませんか? 洞察力、とか言いません?」
「それは、慶次が言っていたから知っているのだ。……ドウサツ力。聞いたこと……、ある気がする。あ、でも絶対言っちゃだめだからな。自分で調べるのが力になるって左近が言ってたから!」
「左近が?」
あ、そういえばちゃんと説明していなかった。
「えっと……、模倣の世界は、多分こことそっくりなんだと思う。左近もいるし、慶次もいる。……こっちは、ちゃんと秀吉様やおねね様、兼続や幸村、清正や正則はいるよな……?」
「え、ええ。もちろんですよ。まあ、模倣って言うんですからそっくりなんでしょうね。中身はさっぱりのようですが」
「らしいな。とりあえず左近、世話になるぞ」
「……はあ、まあ、おいおいお話お聞かせ願いますよ……。今日はちょっと、頭の整理をしたいので」
とりあえず、言えることは全部言った。
あとは考えなくてはならん。でもこんなに日が高くなってしまったし、今日は『おふ』だからのんびりするとしよう。
しかし、左近に信じてもらえただけでこの達成感だ。燃え尽きたような気がする。
unbelievable
09/16