『そろそろ数えるのも飽きちまったな……。今は十二回目の世界だ。ディオラマの世界でお前はやるべきことがあるらしい。それは……』







ノドが渇いた。

目が覚めたら無性にノドが渇いている。水が欲しいな……。
寝苦しくて布団を蹴飛ばした。珍しい。俺が布団を蹴飛ばさないで寝ていたなんて。こんなにムシムシして眠っていたんだ。ノドが渇くのも無理はない。慣れないことなんてするから……。
ともかく水を飲もう。
起き上がると足に力が入らない。もう少し寝ていようか……。いや、あまり寝ていると左近に怒られる。ともかく起きよう。そして水をだな……。
だるいながらも踏ん張って起き上がり、襖に手をかける。しかし、触っただけなのに襖が勝手に開いた。……あれ、そんなからくりだったっけ?


「殿、おはようございます」


左近がそこにいる。朝っぱらから堅苦しく正座なんかして、頭を深々と下げている。
その姿を見たとたんに心が躍りあがって、自然と笑ってしまう。


「あー……、左近だ、おはよー……」
「とっ、殿?」


やっぱり朝は左近のぬくもりでぬくぬくしているのが一番だ。困ったように、「はやく起きてくださいよ」と嗜める甘い声が一番好きだ。
左近にべったり抱きついて左近のニオイに溺れ、また寝てしまおうなんて適当に思いながら、左近の尾をつまんだろと思い、手を伸ばす。……しかし、空振り。もう一度腰のあたりをさぐるが、なにもつかまらない。


「?……?」


おかしいな、尾がないぞ。左近、尾がない。あのふもふもの毛がないぞ。


「殿!」
「はいっ!」


珍しく鋭い声で怒鳴られ、急いで起き上がる。その時に左近の顎につむじがぶつかってすごく痛かった。その痛みに思わず目が冴えてしまった(左近も痛そうに顎を押さえている)。
なんで左近は怒ったんだろう……。普段だって滅多に怒らないっていうのに。……もしや、昨晩のうちに左近の枕の裏側にした落書きがバレてしまったのだろうか! それはやばい。


「なんですか、おかしいですよ」
「なにがおかしい?……い、いやっ! おかしいのはお前だぞ左近!」
「へ?」
「耳がないではないか! それと、尾も!」


改めて左近の頭を見ると、耳がない。あの、黒くてツヤツヤの尾もない。こっ、これって取り外し可能だったか……? なら俺の尾も取れるのだろうか……、あれ?


「耳ィ? ありますよほら……」
「尾がない! おあっ、耳もない! 左近、どうしよう!」


俺の、俺の耳と尾がなくなっている! 取り外し可能だったのか! どこに隠されてしまったのだろう!
いや、尾はともかく耳は取られたら困る。……でもちゃんと声が聞こえる。どういうことだ? いや、左近は耳があると言っている。……無いじゃないか。


「さこんんん! おっ俺の耳、耳が耳、耳! 尾! 尾!」
「おっ、おって言われても困りますよ……。耳はちゃんとあるでしょう?」
「だから無いって……」


なんで? どうして?

左近には耳がないんだ。俺にはそう見える。それなのに、左近は耳があると言う。俺の耳だってなくなっているのに、耳があると言う。無いのに、本当に無いのに。
信じてもらえない。この悲しさが溢れてしまいそうだ(……あれ?)。どれだけ必死になっても、信じてくれない。
目頭が熱くなり、視界が霞む。なぜこんなに悲しいのかわからない。だけど、信じてもらえないというこのもどかしい感情が、妙に強く俺をかき乱す。信じてほしい、耳も尾も本当に無い。本当に、無い。無いんだよ。


「ちょっ、え、泣かないでくださいって……、ほら、耳はここに」
「……う?」


ためらいがちに俺の頬に触れたと思うと、側面にある何かに触れる。俺の知らない、何かに触られたという感覚が確かにある。そこには、『何か』がある。
左近が手を離し、自分の顔にも同じようなことをする。そこには、変な形の『なにか』が両側についている。……慶次の耳と同じ耳だ。そして俺は自分のそこにも触れてみる。そう、手のひらに納まるほどの『それ』がある。……耳? ああ、これが耳か。


「耳……、これ、耳」
「そうですよ。耳の場所をお忘れですか? 少し根を詰めすぎじゃないですかね」


毛でふさふさしていない、つるつるの耳だ。体のほとんどと同じ、皮膚の耳。慶次と同じ耳だ。
この感覚をなぜか知っている気がする。なぜだろう。……知らない。


ただ、俺はひとつ気付いた。
この世界は、ディオラマの世界だ。俺はここで、やらなきゃならないことがあるらしい。
ああ、なんだか胸が高鳴ってきた。楽しみ、楽しみだ。
そのことをまず左近に話すことにしよう。なにをやればいいのかよくわからないから、相談するのだ。




rebirth







09/16