左近を目の前に堅苦しく正座しているから、俺も正座をしなくてはならない雰囲気があったからそうしている。そろそろ足がしびれてくるぞ。
「あ、足、崩してもいいか?」
「へっ?……あ、別に、おかまいなく」
「すまん……、しびれたようだ」
「はあ……」
しばらくは立てないな。
まあそんな前座はともかく、とうとう本題を話すときが来た。いざ左近が目の前に座っていると緊張する。
信じてもらえるか? 信じたとして協力してくれるか?
……正座なんてしたから頭が少し冷えてしまった。熱くなったままに突っ走るのが俺の悪い癖だと左近に今まで言われていたのだが、今度教えてやろう。『正座をすると頭が冷えた』と。まあそれは一仕事終えて戻ったらの話だ。
「で、話とは」
「まず、嘘をついたことを謝る。ごめんなさい」
「嘘?……え、ご、ごめんなさい?」
わからないらしい。それはそうだろう。
いきなりそんなことを言われたって、どんな嘘をつかれているのかわからないだろう。しかし、『ごめんなさい』に驚く理由がわからない。
「……なにか変か?」
「いえ……、殿がとうとう、ごめんなさいを言えるようになったのか……と。で、嘘とはなんのことで?」
ごめんなさいが言えない子なのか。石田三成は。感謝と謝罪は覚えていて損はないと思うが。
「俺は、……なんだったかな。えっと……、『ぐだぐだするのが好き』みたいなことを言っただろう」
「ああ、『俺は今まで、すごく大人ぶっていた』って」
「それが、嘘だ」
「……はあ」
左近から、意味はわからんがとりあえずうなずいておこうという気持ちがよく伝わってくる。なにか聞きたそうな表情で俺の様子を見ている。なにから話したらいいものか。自分の頭の中ではよくわかっているのに、いざ言葉にしようと思うとうまくできない。
「率直に言うと、俺は石田三成じゃない」
「……はい?…………はい?」
「あ、いや、一応は石田三成なんだけど、石田三成とはちょっと違う」
「……はい?」
「この世界のことを俺はディオラマと呼んでいる。そしてこのディオラマの模倣作品が俺のいた世界だ」
「……おもしろい夢を見たんですね」
「夢じゃない! お前だって俺の様子がおかしいと思っただろ? それは生きてきた世界が違うからだ。俺は『石田三成』とは真逆の人間に創られたらしい。石田三成はあまり笑ったりしないんだろう? 俺はよく笑う。石田三成はあまり人に好かれないんだろう? 俺は、皆と仲良くしていた。俺はその石田三成像を壊すためにいるのだ」
うまく説明できなかったが、大まかなところこんな話だ。左近はどう思っているんだろう?……難しい顔をして俺をジッと見ている。
「たしかに、殿とは似ても似つきませんよ。それが風邪だとかそういう問題ではないこともわかります。だから一旦信じてみましょう。ですが、どうして壊す必要があるんです? 左近は殿のそういう芯の通ったところを気に入っておりますのに」
こんな説明で信じてくれたなんて!
だが左近の質問は難しい。この話をしてまたそれを信じてくれるだろうか。いや、俺の言ったことを信じてくれたのだから大丈夫。大丈夫だ。きっと。
「今は十一回目の世界だ」
「はい?」
「この世界は何度もやり直されている。……なんでも、このまま進んでしまうと未来に人間は滅びてしまうそうだ。そこで、人間はこのディオラマを創って、たくさんの可能性を試している。そして成功した未来に人間は移り住むそうだ」
「……どういうことで?」
「このディオラマを創った人間を、外の人間と呼んでいる。大きな箱庭の中に、俺たちは生きている。だけど、人間はやっぱり本質的なものは変わらないらしい。そこで、ディオラマの模倣という、別の環境に創った俺をこのディオラマに連れてきて、未来を変えようというお話らしいぞ」
「……それを、左近に、信じろとおっしゃるのですか」
「本当のことだから、信じてもらう他にないのだが……」
「冗談はほどほどにしてくださいな。さあ、お疲れのようですから早うお休みください」
「さ、さこ……」
「一旦は信じると言ったでしょう? なにがあったかは存じ上げませんが、多少性格が変わったくらいでそんなお話には乗せられませんよ。人間なんて不安定なものです。ふとしたことでなにかが変わることなんて多々あります。殿もまた、少し人間が丸くなったということです」
なんてことだ!
信じられないと! 俺を信じてくれないと! 俺が石田三成ではないから信じないのか?
たしかに、実感も沸かない空想の話みたいかもしれない。だが、これが本当のことなのだ! どうして信じられないのだ! 俺は、俺は確かに違う人間だというのに!
「本当のことだ! 信じてくれ!」
「怖い夢は一晩寝れば忘れます。誰かに夜伽でも……、ああ、殿は人肌がお嫌いでしたか」
「ならば、ならば左近が横に寝ろ」
感傷的かもしれん。
もし、もし俺が一晩寝てもそんなことを言ったら、左近は俺を信じるか? どうしたら信じられる話になりうるのか?
「……殿、怒りますよ」
オリジナルなんて、嫌いだ。嫌い、嫌いだ。
俺を信じない左近(オリジナル)なんて嫌い。俺の隣に寝てくれない左近なんて嫌い。
俺のことを嫌う人間も、嫌い、みんな嫌い、嫌い! 大嫌いだ!
こんな世界なんて、嫌いだ!
(世界が墨を垂らしたように、穏やかに黒く染まってゆく)
hate
09/16