兼続からの文をもう一度読み直し、嫌だなと思いつつも城へ向かった。これから起こることを考えただけで胃が妙な重みを持つ。このどうしようもない不安の理由はわかっている。多くの人間に嫌われているのだ。その中に飛び込んで石田三成像を破壊しなくてはならん。
……なにも考えていない。どうやって仲良くなればいいのだろう。昨晩、意気込みはしたが『どうすれば』なんてちっとも思いつかない。まず、どうして嫌われているのかがわからなくては話にならない。そして、もしそれが誤解であるのならば、俺がその誤解を解かなくては。でも、俺は石田三成をよく知らない。誤解かどうかわかるのか……?……ああ、なんだこの無理難題は。

ぐるぐると同じことばかり考えても、やっぱりどうしたら一番いいのか、わからない。天ならばこういうとき、どういう判断をするのだろう。……目に見えないからわからない。
外の人間は俺にどうしてほしいのだろう? 会って「こうしてほしい」と言われたのなら迷いなく行動に移せる。けれど、もし間違っていたら……どうなるのだろう。“やり直し”……するのか? もしかして、もう何度目かの“やり直し”なのか?……これは考えても意味がないな。何度でもやり直していようがいまいが、俺がどうしたらいいのかはさっぱりわからん。
ともかく、思うがままに行動するか。

さあ、まず誰に会うか。左近にさりげなく俺と仲の悪い人間を聞きだしてくるべきだったな。考えなしに行動するから俺はあほなんだ。
自分の至らなさに失望していると、前を静かに歩くどことなく見覚えのある背中がある。浅野幸長殿だ(そうだ、耳と尾はなかったんだ)。石田三成は、幸長殿と仲良くしていただろうか?(ちなみに俺はそこそこ良好な関係を築いていたが)ともかく声をかけてみよう。話題はどうにかなる。


「幸長殿っ」
「……これは、三成殿ではありませんか」


むう、この反応では嫌われているのかそうでないのかはわからんな。もう少し探りをいれるか。


「お久しゅうございますね。最近暑いですが、お体はどうです?」
「これしきの暑さで参る体ではありませんのでな。三成殿とは違って」
「……それって、もしかして嫌味ですか?」
「は……?」


嫌味、かな。嫌味なんて滅多に言われないもんだから、よくわからん。耳もなければ尾もないし、怒ってるのか哀しんでいるのか、楽しんでいるのかちっともわからんぞ。
妙に口調がいじわるなものだから嫌味かなと思ったのだが、もし間違っていたら俺はしなくてもいいことをしてしまったことになる。幸長殿が怒らなければいいのだが、まあ、こんなことで怒る小さな男ではないはず(この世界は不便だ。感情を憶測でしか想像できん)。


「なんだか喋り方がいじわるだったから、嫌味だと思った。違うのなら、すまない」
「はあ、そう、ですか」
「しかし幸長殿の言うとおり、私はあまり丈夫とは言えない体です。ご心配どうもありがとう」
「……はあ」


珍妙なものを見る目でじろじろと見られてしまった。こういうときにどういう顔をすればいいのかわからないから、とりあえず笑っておいた(石田三成は話に聞くところでは、絶対に笑わないだろうという予想だ)。そうしたら、もっと変な顔をされてしまった。そして幸長殿はそそくさと会釈してどこかへ行ってしまった。
……そんなに変だっただろうか。そこまで変な顔をされると、自分の顔がひどいものなのかと不安になる。だが、そうではない。石田三成はちょっと笑っただけでこんな変な顔をされる人間なのか。


「……変なの」


でも、あからさまに嫌われているようではないし、大丈夫なのだろうか。嫌味を言われたような気がするから、少し様子を見ながら仲良くしていこう。
本当に、先は流そうだ。なるべく笑うようにしよう。笑う門には福来るのだ。……笑いすぎて顔の筋肉がひきつらなければいいな。
……そういえば、今は朝鮮出兵であまり人に会えないではないか……。どうして、今、この時期にここに来たのだろう。もっと早ければよかったのに。外の人間の考えることはわからん。これで失敗しても俺のせいだけではないだろうな。

ともかく別の人にでも会うか。




……しかし、今日はあまりこれといって収穫はなかった。

畳に寝転がってこれからどうしたものか考える。兼続への文は、俺が勝手に返事をしていいものかわからんから保留している。でも遅くなるのも悪い。考えることが増えすぎて、もうなにも考えたくない。
あまりぼやぼやしていてはいけないと思うが、期限もはっきりしないし、本当にどうしたらいいんだ。
左近に相談したいが……、これって、知られても平気なことなのか?……問題ないよな。外の人間は未来を変えたいのだから、協力者の一人や二人を増やしたところで、むしろ歓迎なのではないだろうか。それに、慶次だってどういうわけか知っているし、知っていることを外の人間は黙認している。
信じてもらえないだろうから話そうなんてこれっぽっちも考えなかったし、変な嘘をついてしまった。少し落ち着いて考えてみると、隠す必要なんてなかった。嫌われるかもなんてこと、やってみなくちゃわからん。
左近ならきっとなにかいい案を考えてくれるかもしれない。

よし、左近だ、左近!


「さっこーん!」


思い立ったら吉日という。左近を探すために屋敷の中を走り回る。
いろんな人間とすれ違うが、耳と尾がないから一瞬だと背中だけでは判断しにくいが、意外とわかるものだ。少し走り回ってようやく左近の背中を見つけ、俺は勢いをつけて飛びついた。


「ぼわっ」
「左近、探したぞ!」
「なっ、なんなんですかあ?」
「ちょっと大事な話がある。俺の部屋に来てくれ」


素っ頓狂な声を出し、まぬけな顔をした左近が振り返る。驚いている驚いている。ひとを驚かせるのはおもしろいな。
俺の知っている左近なら、こうはいかないぞ。飛びついたら最後、押し倒されるからな。うかつに抱きつくことなどできんさ。石田三成と、この左近はそういう関係ではないようだから左近のウブな反応がおもしろくてしかたない。


「ええ……? わかりました、わかりましたから袖を引っ張らないでくださいな」
「はやくはやくっ」
「はあ……」


よくわからないが、俺が頑張ってちゃんと説明すれば、左近はわかってくれると思う。信じてくれるとも思う。嘘をついたことも謝らなくてはならない。




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09/16