秀吉様に姿を見せ、あれよこれよとしているうちに屋敷に帰ってきていた。記憶が飛んでいるというわけではないが、あまり思い出したくない。
今なら俺のすべきことがはっきりとわかる。
石田三成は、他人と仲が悪い。その関係を修復するのだ。
……嘘だろう? 無理だろう? いろんな人間にいつもの調子で声をかけたらものすごく変な顔と、嫌そうな顔をされてしまった。変な顔ならまだわかっても、嫌そうな顔をされるなんて。あんまりだ。ああ、思い出しただけでため息が止まらない。
ひとりで多くのことをこなせる石田三成を少しでも羨ましく思った俺がばかだった。仕事は出来ても人付き合いができないなんて、アホか! アホだろう!……ああ、先は長いぞ、これは。


「殿、お帰りなさいな」
「左近か……、ただいま」
「おや、お疲れのようで。やはり本調子ではなかったのでは?」
「ああ、いや……、少し絶望しただけ」


不思議そうに、そして心配そうに俺に近寄る左近に癒された。だが、沈んでゆく気持ちのほうが勝っている。癒しは一時だが、これからの苦労は長い。……まさか、こういうことだったなんて。
皆と仲良くしていた(そうなるように創られた)俺がここに来たのだ。まさか「関係を悪化させろ」なんて話じゃないだろう。いくらあほでもそれくらいはわかる。つまり「皆と仲良くしろ」だ。……できるか! 俺と皆との関係は何年もかけて築き上げたのだ! そんな一朝一夕で変えられるか。外の人間は人間をナメているだろう。
ともかく課題が山積みだ。……俺の頭でどれほど解決できるのだろう。


「殿? どうされました」
「ちょっと、疲れた……。少しこうしてる」
「おやおや……、どうされたのやら」


左近が、俺の知る左近でなくとも、この胸は温かい。すまない左近、俺は『別の左近』に浮気をしているわけではない。ただ、疲れているだけだ。
落ち着く広い厚い胸。ちょっと頭突きをしたってびくともしなそうだ。試してみようか。


「ちょ、キツツキですかあなたは」
「……やっぱり、びくともしない」
「はあ?」
「なんでもない。今日はもう寝る。おやすみ」


本当はやらなきゃならないことは山積みだ。考えなくてはならないことも。
中途半端に放っていると、後で収拾がつかなくなってしまいそうだ。今度の問題は、基本的に俺ひとりで解決せねばならんことだ。左近や清正は助けてくれない。慶次は、きっとなにも教えないと思う(もう五度目のことらしいし)。これほど考えるのが面倒に感じることなど、もう二度と出会えないはずだ。


「ああ、殿、直江殿から文が届いておりましたよ」
「えっ、本当に?」
「え、ええ。文机の上に置いておきましたから」
「わかった!」


これは吉報だ。

何気なしに、左近や秀吉様、おねね様たち以外とは仲が悪いと思ってしまっていたが、兼続とも文のやり取りをしていたなんて! ということは、幸村とも仲が悪いというわけじゃないのかな。だとしたら嬉しい。いくら違うとわかっていても兼続や幸村と同じ姿をしていながら俺のことを嫌っているなんてこと、耐え難いのだ。
急ぎ足で自室へ向かい、文机の上に几帳面にも直角に置かれている文の中を確認する。……兼続だ。これは本当に兼続だ。『義』や『不義』『愛』……。実際に会えば、俺の知る兼続と違うと感じるかもしれない。だが、兼続は兼続だ。

……そうだ!

いくら多少は違っても、本質はあまり変わらないのか! だから、今、仲が悪い状態の人間だって俺がありのままにぶつかっていけば、仲良くなれるはず。いや、仲良くなる。そう決めた。
なんだか今日は沈んだりすっきりしたり忙しいな。
他になにか考えなくてはならないことはあったかな。……んー、特にない、な。今のところは。
俺は深く考える必要はないのだ。ただ、俺はやるべきことをやるだけだ。
皆と仲良くなる。仲良し百人計画なのだ。







『話ってなんだ?』
『まあま、あんまりがっつくな』


椿の咲く垣根に寄りかかっていた慶次は体を起こして、大きなあくびをした。毛虫でもいたら大変じゃないか。傾奇者はそういうことは気にしないのか?
慶次の隣に座り、慶次が話し出すのをひたすらに待つ。その間にアリが俺の足によじ登ってきたから、指先でつついて落としてみる。少しの間じたばたとしていたアリはすぐにせかせかと歩き始めてどこかへ行ってしまった。頭のいいアリだ。


『天命って信じるか?』
『天命? さあ、どうだろう。特別に考えたことはない』
『考えてみな』


話し始めたと思ったら、天命を信じるか、って。
目に見えないから考えたこともない。今、急いで考えてみるが、わからない。やっぱり目に見えないから考えようもないし、信じがたい。俺がやることなすことは天が決めたこと、ってことだろう?……天ならもっと賢いことを俺にさせるはずだ。


『むう……、あんまり信じられない』
『どうして?』
『俺があまり賢くないからだ。天なら、もっと賢いだろう?』
『それだけ?』


なに、これ以外の答えを求めるのか。慶次の聞きたいことと少しずれていたのだろうか……。天ならもっと空気を読んだ答えを俺に出すはずだ。やはり天命なんて……、いや、今は別の答えを探そう。
しかし、これ以外にどう考えたらいいのだろう。


『天命って、天が定めたことだろう?……俺がその天命というものの、思うとおりに動いているということになる……。天がなにを求めて俺たちにこんなことをさせているのかわからんし……、あー、もう! わからんもんはわからんぞ』
『……あるよ、天命ってのは』
『目に見えないのに? どうして?』
『ひとつ、話をしてやるさ。三成にとって、大事な話』


椿の首を折った慶次は、指先でくるくるとそれを回しながら話し始めた。




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09/16