昨日はやたらと疲れた。
あれからも俺がなにかするたびに左近が顔を真っ青にして「え!」なんて叫ぶものだから、毎度ふぉろーやらで頭が痛くなった。それに、「一緒に寝よう」と言ったらものすごくあほみたいな顔して「……はいいい?」と言われてしまった。
いきなり『石田三成像』を壊すのは難しそうだ。変な疑いをかけられたら困るから、慎重にことを運んで円満に解決しなくては。
しかしなあ……、石田三成が南蛮文化に興味がないというのはなかなか困る。俺はおもしろいものが多くて好きなのに。言葉だって独特のもので興味深い。というか、伴天連追放令ってなんだ? なんで基督教を追放するのだ? 秀吉様はそんなことしなかったのに。つまり石田三成は模倣の世界で大混乱しているかもしれな……、あれ?……なんか引っかかるな。なにが引っかかるんだろう。別に不思議なことなんて、伴天連追放令くらいだし……、あ。
石田三成は今、どこにいるんだろう。
やっぱり模倣の世界でその違いに困惑しているのか、それともディオラマの外でここを見ているのか、それとももっと別のところにいるのか。今度慶次に聞いてみよう。慶次はどっちも行き来していると言っていたから、多分会える。
でも、きっと模倣の世界にいるんだろう。だって俺がこっちに来てしまったのだ。あの世界での俺がいなくなってしまう。だから石田三成がいるに違いない。
さ、今日は考えるのはここまでだ。これ以上考えたら知恵熱が出てしまう。今日こそは登城して周囲を改良するのだ。あまりのんびりしすぎると、歴史というものが動き出す瞬間に間に合わないかもしれない。そうしたら俺がここに来た意味がなくなってしまう。左近がなにを言おうが構わん。
左近がやってくるまでにさっさと着替えて準備を終わらせておくか。そうすれば止めるに止められないはず。
「あ、殿、もうお体は」
「ん、大丈夫」
「……そう、ですか? 本当、お疲れでしたらあと一日くらい……」
「心配しすぎだぞ。俺は平気だ。秀吉様やおねね様にも顔を見せたい」
「え……、ねね殿に……?」
「んむ。なにかおかしいか?」
「い、いえ。珍しいことも、あるんだな、と」
「そうか?」
おねね様に会うのが珍しい? この世界はおねね様に会いに行く暇がないほど忙しい世界なのか? それとも石田三成がそういう人間じゃないだけか。
石田三成、なかなか難しい。しかし、そういう石田三成像があるのだったらさっさと改良しよう。俺もおねね様に会えるし、周りからの“いめえじ”も変わるだろうし、一石二鳥だ。石田三成の体になってから、俺は少し頭の回転が良くなったような気がする。というか、考えることが多くなったな。
「じゃ、行ってくる」
「あ、殿」
「なんだ?」
「……あ、やっぱ、なんでもありません。お気をつけて」
「変な左近だな」
左近は何かを言いかけたが、言葉を呑み込んだ。言いたいことがあるのなら言えばいいのに。変な左近。
俺の知っている左近は……、あれ。また何か引っかかる。今度はなんだ?
変な左近、俺の知っている左近……、左近?
……左近が、ふたり。そうだ、左近もふたりいるのだ。どうして今まで気にしなかったんだ。石田三成がふたりいるのなら左近もふたりいる。この左近は俺の知っている左近ではないんだ。ということは……どういうことだ?……なにかわかりそうな気もするが、なにをどう考えたらいいのかわからん。
左近がふたり……。
「三成! うれしいよ、あたしに会いたいだなんて!」
「ぶっ」
そろそろ頭がこんがらがってきそうだ、というときに、なんとなく聞き覚えのある声が聞こえてきた。それと同時に、俺の体に衝撃が走る。なにかが俺にぶつかったらしい。俺よりも左近が驚いたらしく、ツバを噴いた。
「ああ、ずうっと反抗期だった我が子がようやく親孝行してくれることを喜ぶ親心。左近はわかるかい? あたしは嬉しくて嬉しくてしょうがないよ!」
「お、ねね様?」
俺の背中に抱きついて、頭をぐりぐりと撫で回しているのはおねね様らしい。なぜこんなところにいるんだろう。
左近が真っ青な顔をして震えている。
「え……、ちょ、な、なんでここにねね殿が……」
「あたしを誰だと思ってるんだい?」
「おねね様」
「そう、三成はよくわかってるねえ。いい子いい子」
俺はもう、大人だというのにおねね様は「いい子いい子」と頭を撫でる。なんだか、俺の知っているおねね様と随分違う。……おねね様も、ふたりいるのか。
左近がぶるぶるしているのは、突然おねね様が現れたかららしい。そりゃ俺だって驚いた。てっきり西ノ丸にいるものだと思っていたし、まさか話を聞かれているなんて。それに、どこから現れたのか、謎だ。
「……三成が嫌がらない! 左近、あたしの苦労が報われたのかい?」
「そっ、そんなことを左近に訊かれましても……」
「おねね様、ダメじゃないですか、家臣の屋敷に侵入するなんて。西ノ丸へ戻りましょう」
「……三成が、優しい」
変なことになった。おねね様に会えたのは嬉しいが、俺の会いたいおねね様ではなかった。……おねね様もふたり、左近もふたり。俺もふたり。……違う、この人たちは違う人間だ。
ああもうヤメだヤメ。今日はもう考えないと決めたのだ。それに考えたって無駄だ。なにかがわかったところで、俺はなにもしないし、意味もない。
俺はこの世界の未来を作るだけなのだから!
*
「もう体はよいのかな?」
「はい、心配かけました」
「……」
城の中身も同じ。だだっ広い部屋に何十枚もの畳。ちょっとばかし秀吉様のいる上座が高くなっていて、そこでくつろいでいる秀吉様。襖の向こうにはいろんな人間が控えている。もちろんこの人間たちも俺のよく知った顔だ。秀吉様の様子が少しばかり変のような気もするが、秀吉様もふたりいるのだ。
「そうかそうか、そりゃ良かった。三成がおらなんだ心配でのう。三成はわしの誇りじゃからな」
「え……、あ、ありがとうございます」
「お前がおれば、豊臣は心配ないも同然じゃ」
「は、はい……」
石田三成は秀吉様に随分大切にされているらしい。
びっくりしてどんな反応をしたらいいのかわからず、ただそれしか言えなかった。俺は秀吉様に大切にされてはいたが、そんな、豊臣を任されるなんてこと考えたこともなかった。というか、清正や正則とひっくるめて、という感じだったか。
不思議だ。これをどう改良すればいいんだ?
twain
09/14