俺の行動はどうやら『石田三成』的には少しおかしいらしい。どこがどう違うのかは、まだわからない。けれど慶次の言っていた『俺』と『石田三成』の違いこそ求められているものだったら、無理をして石田三成に合わせる必要はないはずだ。俺は俺のやりたいように、普段どおりにすればいいのだ(と思う)。
そうは思っても、左近があれほどに心配するとは。怪しまれたりなんか、しないだろうか。弱ったな……、左近に嫌われたら俺は「しょっく」だ。一緒に寝てくれないかもしれない。
一日中布団で寝転がっているのも意外と退屈だ。なにかたくさん考えなくてはならない気がするが、頭を使うのが面倒くさい。今はまだ考える気分じゃない。それに、なにをどう考えたらいいのか、から考えなくてはならない。だからこれは今度だ、今度。
石田三成の身辺を確認しよう。そう思い立ち、文机の上に几帳面に置いてある書を読む。
……朝鮮出兵。同じだ。やはりこの世界はディオラマだ。ただ、人間が丸々違うのだ。しかし、随分堅苦しい報告書だ。もう少し柔らかに書けばいいのに。
どうやら報告書も途中だったようなので、俺は仕上げることにした。どうせこれからしばらくはここにいるのだから、やっちゃだめなんてことはない。それにやらなかったら左近に怒られる。そうすると俺の尾も……、あ、尾は無いんだったな。いかんいかん。
字の形も、似ているけれど違う。こんなに几帳面な字、読んでいて圧迫感を感じる。もっとゆったりと書くのだ。
『違い』を求められているのなら、無理して合わせることはない。だからやりたいようにやる。
「失礼しま……殿、なに起きてるんですか」
「寝すぎて疲れた。だからお仕事」
「……ダメです。まだ、少し具合が悪いようです」
「こんなに健康そうな男を前になにを言っているのだ。すごく元気だから心配はするなって」
「その言葉がもう……心配で、ええ」
石田三成って一体どんな男だったのだろう。俺が精一杯大人しく(なぜかこの左近を前にするとそうなってしまう)答えているというのに、まだダメなのか。これは、普段どおりにしたら疑われるどころか人前に出してもらえなくなりそうだ。
もう少し詳しく、どんな未来にしたいのか教えてもらえれば俺だって動きやすい。左近が特別に関係しないのなら、左近の前でだけ精一杯大人ぶって、他では普段どおりにする。外の人間はいい加減だ。俺がなにをすればいいのか、最初から刷り込んでおいてくれればいいのに。
……いいこと思いついた。
「左近、俺は、そんなに信用ならないか?」
「え……、いや、そんなことはないです。ただ、心配で」
「……むう、あのな、左近。今までずっと隠していたのだがな」
「ええ」
「俺は今まで、すごく大人ぶっていたんだ」
「はいい?」
左近が素っ頓狂な声と顔で俺を見る。驚いている驚いている。おもしろいほどに驚いているぞ。
ディオラマに耳や尾が無いことが便利に思うなんて、想定外だ。あれさえなければどんなに嘘をついたってバレやしない。ディオラマの耳はあまり動かないし、尾もない。変わりに髪の毛が逆立ったり、ということもない。つまり、言葉に気をつけさえすれば嘘なんてつき放題。左近を騙したいわけではないが、身近なところから改良していって、様子を見てみよう。それからどんどん、周囲を改良してゆくのだ。きっと、俺が存在するのはそれをするためだ。そうしたらまた一つの未来が生まれるのだ!
「本当はこんな具合に、ぐだぐだしたりぼんやりしたりするのが好きだ。ただ忙しいし、恥ずかしいからあまり人には見せていなかった。やっぱり少し体調が悪いようだ。ちょっと気が緩んでいるらしい」
「……えっと……、あー……、はい、そうなんですか」
「だから、数刻寝かせてくれ。それからまた仕事の続きをするから」
「はあ……、じゃあ起こしに来ますね」
これで動きやすくなるはずだ。こうもうまくことが運ぶなんて、俺は意外と口が巧いのかもしれん。こういうことには咄嗟の機転が利くが、戦や仕事となるとさっぱりだ。しかし俺の不得手なものも、左近や清正たちなどが助けてくれるから俺はこうして治部少輔なのだ。
石田三成は一人でなんでもこなせる人間なのだろうか。なんだか左近の反応を見ていると、石田三成は『とても良く出来た子』みたいな印象を受ける。よく左近や清正たちに『あほな子ほどかわいい』なんてからかわれる俺だ。少しだけ羨ましい。
「ありがとう」
「……へっ?」
「なんだ?」
「あ、ありがとう?」
「ん? どういたまして」
「いたまして!」
あ、噛んだ(噛んだというか、飛ばした)。
石田三成はあまり噛まない人間なのかな(左近が驚きすぎている)。体は一応石田三成のものだが、中身が違うと結局噛んでしまうらしい。しょちゅう噛んでいるわけではないが、たまに噛んでしまうのだ。これは意外と恥ずかしい。
しかし、どうして礼を言ったのに、礼を言われたのだろう?(それも質問されるように)
「殿が、『ありがとう』……」
「礼ひとつでなにをそんなに」
「今までハッキリ『ありがとう』なんて言っているのなんて見たことありませんもん! それもそんなにやわらかい表情で! ああもう早く寝てください!」
「……あ、ああ、わかった」
スパーン、と襖が閉まり、部屋は静まり返る。この会話で石田三成のことが随分わかった。
『ありがとう』を言わない人間。いつも硬い表情。いろいろなことをこなす出来る子。ただ、真面目すぎる。
なるほど俺とは正反対だ。この『石田三成像』を壊すことが俺のやることだな。つまり、いつも笑ってまったりしていればいいということかな。うまくゆくといいが。
……しかし、この『石田三成像』を壊したところで、どんな結果になるのだろう?
俺がするべきことは、ただ外の人間が望むように動くことだ(最初から知っていた)。そしてそれはおもしろいことだから、別にいい。
personal
09/14