「そうですか、加藤殿と福島殿と、とうとう和解されましたか」


清正と正則との溝は少し埋まった。それでも俺はここにいる。まだなにかやるべきことがあるのだろうか。
そう考え、家康側についてしまいそうな人間をあれこれ思い出していたときに、左近がやってきた。一応清正と正則のことを報告したら、俺が幼かったころに見た秀吉様の笑顔とよく似た笑顔を浮かべ、そう言った。


「いや……、和解と言えるほどのことでもない、と思う。豊臣を守るという利害が一致した、というくらいだ」
「それでも、随分な進歩だと思いますけれどねえ。あの二人も、殿も」
「そうか? ありがとう」


歩み寄るということを、まずしなかったのかもしれない。それならば大きな進歩にも見えるだろうな。
俺は、いつまでここにいればいいのだろう。シナリオはいつ終わるのだろう。……西軍勝利、までがシナリオなのか? いつに戦が起こる?


「左近、戦は起こると思うか」
「……そうですねえ。家康は戦を起こしたがっている。天下を手にする正当な権利を得ようとし、殿を挑発している。殿が兵を挙げたら、『豊臣の天下を揺るがす奸臣』という具合でしょうね」
「だが、こっちには清正と正則がいる」
「突然の和解。家康はさぞ混乱するでしょうな。だが、また別の手を打ってくるでしょう」


あの賢しいタヌキめ。俺は嫌いだ。秀吉様の天下を盗む人間は大嫌いだ。


「いつ頃になるだろう」
「さあ……、一年、二年以内と見積もるのが妥当でしょう」


そんなに!

俺はずっと、一年も二年もずるずる生殺しでディオラマにいなくてはならないのか。模倣がどうなるかもわからず、また左近に抱きつくことができるかどうかも定かではない状態で、模倣がどうなっているかやきもきしていなければならないのか。……秀吉様の墓参りにも行けない。


「殿?」


俺は、笑っていた。

どうしてか、うまく言葉にできないが、どうしようもなく笑いたくなった。花瓶に写る俺が、蒼白な顔をして唇を引きつらせている。
なんとなく、俺は帰るのだ、と思った(場所があるなんて知らないけれど)。


「左近、世話になった」
「……いいえ、今までお疲れ様でした」


そう、左近は知っていたのか。

三度目の俺のように全ての記憶を引き継いでいたのか、それとも今の俺のようにところどころ思い出したのか、知らないけれど。俺の変化に何も言わなかったのは、そうだったから。失敗してしまいそうな俺を、柔らかに留めてくれた。


「ふ……、ありがとう。さようなら」
「ええ、あちらの左近にもよろしくしておいてくださいな」
「会えたら、な」
「会えますよ」


左近が、確証のない言葉を言う。自分で言っていたくせに(可能性の一つだと「ふぉろー」はしていたけれど)。



『だ……、だっておかしいではないか! 帰るべき世界があると信じることはちっとも不自然なんかじゃない、むしろ、誰だってそう思っている、当然のことだ! お前たちはこの世界で生き延びることができるのに、俺が、俺たちが消えてしまうなんてそんなこと、そんなことっ……、おかしいだろう? おかしいだろう?……俺はただ、当然のことを求めているだけじゃないか。俺はただ、元のように生きたいと思っているだけだろう! なぜ、それができないの? ディオラマのシナリオが成功したら模倣は必要ないだって? その中で、創られたものであろうと、計算された性格であろうと、確かに生きているのだ、俺たちは。それなのに、そんな簡単に俺たちは必要なくなってしまうのか? 本当に生きているんだ、ほら、生きている! 俺は生きている! 俺だけじゃない、左近も、兼続も、清正も、正則も、秀吉様も、おねね様も、幸村も、舞兵庫も、紀之介も、行長も、浅野殿も、毛利殿も、佐竹殿も、宇喜多殿だって! ちゃんと、ちゃんとやるべきことはやる、だから、俺は生きたい! 模倣の世界で、皆と、生きたい! だから、必要ないなんてこと、言わないでくれ……』



おかしいことなんかじゃない。必要のないものは誰だって捨てる。
だが、それがあまりに大きいから、その対象に自分たちが含まれるから、俺は戸惑ってしまう。
必要ないと言われるのは悲しい。けれど、利用されるのも悔しい。
何度も、何度も葛藤した『俺』を思うと、模倣の世界など最初からなければよかったと思う。
やり直されてしまったけれど、『俺』は何度も苦しんで、考えて、悩みぬいて、見限られてしまった。そんなむなしい生き方など、ないだろう?
残ったとして、模倣はまたいつか利用されるのか? また、何度も何度も生を繰り返すのか?
外の人間は、自分たちが新たな業を背負っていることに気付いているのか?


こんなことを考えることができるのも、人間が模倣を創ったおかげだという考え方もできる。だが、“こんなことを考える状況”を作った人間は、褒められるべきか?


……好きにすればいい。
俺は、石田三成にたくさんのことを話さなくてはならない。


花瓶が割れる音がする。




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