「……えい」


目が覚めると、隣で目を瞑っている左近が視界いっぱいに広がっていた。そういえば添い寝してもらっていたんだ。おかげで変なことを考えずに、ゆっくり眠れた。
左近の頬を指先でつついたり、眉をつまんだりするが起きない。起きないならばもっといじってもいいだろう。口を両端からつまんで変な形にしてみたり、目尻を伸ばしてみたり。


「くっ……」


笑い声を上げたら起きてしまうかもしれん。笑いを噛み殺すが、おもしろいものはおもしろいのだからしかたない。
鼻を塞ぐと、さすがに左近も眉間にしわを寄せて俺の手を掃い、体の向きを変えてしまった。
俺は起き上がり、左近の肩に顎を乗せて左近の顔を見下ろす。規則的にゆっくりと上下する。その揺れにまた眠気を覚えたが、せっかくだから左近の寝顔をもっと見ておこう。


「ふー」


どれくらいいじれば起きるのだろう。そんな挑戦をすることにした。
左近の耳に息を吹きかける。すると、左近は飛び起き、慌てて左右を見渡した。俺は急いで寝たふりをする。


「……殿、たぬき寝入りですか」
「……バレてたか」
「ええ、殿が大きな口を開けて寝ていたときから起きていましたよ」
「……ちぇ」


最初から起きていたのなら、そうと言ってくれればよかったのに。一人で不毛な遊びをしてしまっていた。
左近は大きなあくびをして、ぼさぼさになった髪を撫でつける。左近の髪は、耳のように黒くてつやつやしている(ディオラマでは違う耳だが)。戦のときに邪魔になるのではないか、と以前に聞いたら「殿がこの髪を気に入ってくださるんでねえ」と笑っていた。
……この左近は、どうして髪を伸ばしているのだろう。


「髪、長いな」
「ええ、随分伸びましたな」
「どうして伸ばしているんだ? いや、伸ばすのはいいけど、結わえないのか?」
「まあ、ちょっとした願掛けですよ」
「ふうん」


どんな願掛けなのだろう。気になったがそこまで聞くのも無粋というものだ。それに、こういった願いごとの類は人に言ったら叶わなくなると言う。


「ばかばかしいと思いますか? 髪を伸ばしたところでなにが叶うのか、って」
「そんなことはないと思うぞ。そういうものは、自分に対する戒めみたいなものなのだろう? 前に誰かに聞いたことがある。髪が願いを叶えるのではない、と」
「……ま、そうでしょうねえ」


ほんの些細なことでも、そういうものはたくさんある。例えば、普段とは違う具足の身につけ方をしたら、戦で素晴らしい戦功を立てたと言い、それからずっとそうしているとか。左近の願掛けも似たようなものだ。俺自身はそういうことはしていないのだが。
俺が考えている間に、左近はテキパキと支度を整えてしまった。もう髪は普段のように後ろでまとめてあるし、格好も堅苦しくビシッと決めている。……俺はまだ寝癖がついているわ寝巻きのままだわ動き気もしないわ、だ。


「いつまでぼんやりしているのですか。時間がなくなりますよ」


左近に急かされ、登城しなくてならんとようやく考えた。
正則に会う前よりも先に、ちゃんと秀吉様とおねね様にも会っていた。秀吉様は、あまり変わらないようにも思えたのだがおねね様は全然違った。緊張する。……だが、“いつも通り”にする、のだ。


『はい。失礼ながら申し上げます。予想外に苦戦を強いられている昨今、これ以上は消耗戦になってしまいます。秀吉様が寵愛される兵たちを思うのならば、どうかこの三成を朝鮮へ向かうことを許可していただきたく存じます』


これは多分、三度目の俺だと思う。秀吉様と会ったときにも聞こえた。
だが、これも失敗だ。だから俺は朝鮮に行くなど考えない。というか、いくらなんでも無茶があるだろう。結局許可をもらえたのかどうかは知らんが。
清正にでも会いに行こうとしたのだろうか。正則と清正と仲が悪い、らしいからな。だが、俺の知る清正は正則よりも頑固な人間だからな。ディオラマでもそうならば、一筋縄じゃいかないだろうな。


『時間が無い……』


そう、ふとしたときに『時間が無い』という言葉が聞こえてくる。なにを焦っているのだろうか。どうして時間が無いのだろう? 西軍勝利に導くための下準備の時間がないのだろうか。
そもそも、なにをきっかけに俺が元の世界に……、……。

昨日も似たことを考えた。ディオラマが成功したら、模倣が無くなる、と。何度目かの俺もそう考えた。
無くなるわけがない。だって、俺は生きているのだから。生きている人間が、たくさんいるのだ、模倣には。だから、無くなるなんてことはない。外の人間だって生きているのだ。それくらいはわかるだろう?
時間が無い、って。模倣が無くなる、って。

なんの確証もないが、大丈夫だ。何度目かの俺は失敗したのだから、違うことを考えるのだ。


「失礼します……! ただいま急使より報告で、秀吉様、ご危篤!」


『時間が無い……』


自分にはあまり関係ない問題だと思っていた。けれど、それは俺の隣にいたのだ。




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09/16