「三成……、お主、変じゃぞ」
「そうか?」
「ああ、とても、変じゃ」
「……そうかな」


俺は熱いものが苦手だから正則だけに茶を出し、お気に入りの団子も添え、準備万端で正則を迎え入れる。そしてちょっと会話をしたところで変だと言われてしまった。
あながち違っちゃいない。俺は石田三成ではないのだからな。


『石田三成がふたりいるのなら左近もふたりいる。この左近は俺の知っている左近ではないんだ。ということは……どういうことだ?』


……どういうことだろう(誰かといるときは聞こえない仕組みにしてくれないものだろうか)。


「なんちゅうか、いつもの小憎たらしい感じがない……。俺に向かって笑っとる……。なにか企んでるのかと思って様子を見に来たのじゃが……」


途端に、頭に妙な痛みが走った。視界が少し霞み、普通に座っていることもままならない。冷や汗が滲み出て、この暑い中、寒気すら感じ始める。
畳に手をついて、痛みが去るのを待つ。畳がぐにゃりと歪んでいる。
なんだこの痛みは、こんな痛み、今までに感じたことはない。階段から滑り落ちて頭を打っても、余所見をしていて壁に頭をぶつけても、これほどは痛くなかった。死ぬんじゃないか、この痛み。


「み……、三成?」


正則がびっくりして俺の名前を呼んでいる。悪いが、答えるほど余裕がない。喋ろうとすると痛みがさらに増して、口をパクパクさせるだけになってしまう。餌を待つ鯉のように。


『秀吉様子飼いの将である俺とあの二人の仲が悪いということは、それだけで豊臣政権が揺らいでしまう。後に関ヶ原で豊臣方が敗北するのも、そもそもの土台がなっていないからだろう。そこを、タヌキが突いてくる』


痛みが徐々に和らぎ、ようやく焦点が定まってくる。
仲が悪い……、なら、俺がこうして微々としてさまざまなことを思い出すのは……、全てを知らないのは、余計な知識など持たせず、ただ必要なぶんだけを与え、滞りなくシナリオを完成させるため……、か。


「俺は……、企んでなどいない。企んでいるのは……、家康のほうだ」
「いきなりなにを言うのじゃ。内府殿がそんなことを」
「多分、あいつは俺が正則や清正と仲が悪いとこにつけ込んで……、秀吉様の築いたものを中から崩す。秀頼君がお若いことも、ある」
「いくらお前が内府殿を嫌っていても、滅多なことを口にするもんじゃない」
「だが!……だが、きっと」


未来はそうなのだ。未来は西軍が敗北する。つまり、家康が勝つのだ。
……いや、俺はただここにいるだけでいいのだ。ここで、いつも通りに……、できるものか? 周りの人間が違うのに、いつも通りにしていられるのか?


「万一そのようなことがあろうと、三成なぞいなくとも俺らが豊臣を守る」
「でも、豊臣が分裂することは好ましくないだろう? 家康の思う壺になってしまう。家康ほどの実力者ならば、俺たちは団結して豊臣を守らなくてはならない。……万一、そんなことになったなら、ケンカなどしないで、団結しよう」
「……」


素っ頓狂な顔をした正則は、頬を二度三度掻く。それから眉間にしわを寄せて俺の顔をまじまじと覗き込んだ。


「なにを企んどる」
「なにも企んでなどいないぞ」
「お前がそんなことを言うなんて、俺は夢を見ているのか。そうでなけりゃあの小憎い横柄者の三成が、こんなにしおらしいわけがない。夢を見ているからこそ、俺はいつものように頭に血が上らないんだ」
「夢なわけないだろう。豊臣を守りたいという気持ちは、俺もお前たちも一緒だ」
「……」


それっきり黙りこんでしまった正則は、考え込むように俺から目を逸らし、襖を眺める。それほど難しく考え込むことだろうか。
なるほど、いつも通りとはこういうことでいいのか。人間が違うからこそいつも通りに振舞わなくてはならないのか。(認めたくはないが)石田三成が正則や清正と仲が悪いのなら、俺をとっかえる意味があるようにも思う。


「……豊臣を守るという点については俺も思うところがある。内府殿が信用できるかと言われれば確かに怪しい。……だが、お前のことは信じない」
「それだと……」
「しかし。いざ団結が必要とならばそうするしかあるまい。だが、信じない。お前が俺らに指図することがあっても、絶対に言うことなぞ聞かん。でも団結が必要ならする。お前が変な口を出してこなければ」
「……ふっ、ふふ、……ははっ、似たようなことばっかり言ってるではないか。俺が出しゃばらないでいればいいのだろう? 大丈夫だ、俺はそんな器ではない。正則、ありがとう」
「……三成が、笑った、礼を言った」
「おかしいのか?」


まるで珍しい動物でも見るようにおののいて呟く正則の顔を覗きこむため、身を乗り出す。
正則があまりに「てんぽ」の悪いことを言うものだから、おもしろくてしかたがなく笑い、感謝の気持ちを述べただけなのだが。いけないことだったろうか。


『「ありがとう」を言わない人間。いつも硬い表情。いろいろなことをこなす出来る子。ただ、真面目すぎる』


そうか、そういうことか。俺はおもしろければよく笑うし、礼だってちゃんと言う。人にあれこれ指示を与える器でもない。真面目というよりものんびりしたい人間だ。


「おかしい!」
「ははっ、変な顔」


真っ青な顔で叫ぶ正則の顔がおかしくてまた笑った。




laugh







09/16