しんどい。

早くも左近欠乏症を発症してしまった。石田三成は左近とは普通の主従関係であるらしい。あまりの寂しさに褥にもぐりこんだら「夜這いですか!」と怒られてしまった。男のくせに女々しいのだ。
それだけではない。ディオラマに来てからというものの、鬱蒼とした感情と言葉がしょっちゅう頭の中に流れ込んでくる。たいていが小難しい言葉を並べ立てているから、調べる前に忘れてしまうのだが、「いんぱくと」が強いのだ。いんぱくとが。言葉はわからなくとも、声の調子でどういうことを言っているのか少しは想像がつく。
何度目の俺かはわからないが、左近にディオラマのことを話しているらしい会話も聞こえてきた。しかし、こうして『俺』がここに存在する以上、それは失敗だったのだ。
確か今、ディオラマ自体は十四回目だ。……だから別にどうということはないが。ただ、もう十四回もやったのかあ、という、それだけのことだ。十四回も生きて死んでを繰り返すのか。
……しんどいな。想像したくない。かく言う俺も四度目の生らしいが、実感がない。まあ、実感がないのなら良いに越したことはないけれど、半端にディオラマやら模倣やらの話を知っているせいで微妙だ。


『一度目も二度目も「西軍勝利」とは言っていたが、どうしてか「なんの戦」かはちっとも考えていなかったのだ。ただ、漠然と「なにかの理由で」戦がおこるとしか』


この声は案外に便利だ。俺が疑問に思ったことについて、(『以前の俺』が考えたことだが)さくっと答えを教えてくれる。
ふうん、戦が起こるのか。そういえば慶次もそんなことを言っていたかな。まあ、西軍勝利と言うくらいだし、戦だろうな。本当に、『俺』が考えたとおり、俺はなにも考えていないな。
しかしなぜ、『俺』はこんなに小難しくいろいろ考えているのだろう。
俺は“ここにいるだけで”歴史を変えることができるのだろう。それだけで充分のような気もする。おもしろいではないか。


『おもしろい? 変なことを言うな。……全てが終わって「ああ、おもしろかった」って言えれば、いいな』


慶次の声だ。

なにをそんなに心配しているのだろう。この声は便利なのは便利なのだが、人と話しているときにも普通に聞こえてくるのが普通になしだと思う。どっちの声を聞いたらいいのか混乱してしまう。
さらに混乱することがある。誰と話しても変な顔をされてしまう。山内殿や浅野殿、秀吉様やおねね様。そのことを左近に相談しても、変な顔をされる。ちょっと遠乗り気分で正則に会いに行ったらすごく変な顔をされて、追い返されそうになってしまった。ちょっと話したら入れてくれたけれど。もし暇が出来たら俺の屋敷にも是非に来てくれと言っておいた。とても変な顔をされてしまったが、とりあえず頷いてくれたからよし(話し相手が欲しい)。
なにが、変なのだろう。せっかく時間があるのだから今のうちに、例の声が聞こえることを祈り俺はこのことを考えている。


『石田三成は、他人と仲が悪い。その関係を修復するのだ』


「はあ?」


……確かに、仲が悪いとも取れない反応だったような気がするが。いや、でも俺は“特別なことをする必要はない”から、こうやって意気込むこともない。
楽なもんだ。三度の経験を経た『俺』のおかげで、俺はこうしてのんびりとしていられる。まあ、今回の俺が失敗した場合、五度目の俺がどんな苦労をするかは知らないが、少なくとも俺はのんびりしていられるのだ。早く左近の耳に触りたい。
ぼけっとしていると、珍しくどたどたと騒がしい足音が近づいてくる。屋敷内を走るなんて、一体誰だ。


「とっ、殿……、福島殿がお見えになっていますが……」


スパーン、と力強く襖を開け、顔を見せた左近は開口一番にそう言った。


「おお、そうか。正則が来たのか。待ってくれ、今準備するから」
「え、よろしいので?」
「もちろんだ。失礼のないようにな。ええと、なにか甘味でも用意できるか? 正則はああ見えて甘党だからな」
「え? ちょ、え? はあ?……あ、いや、はい、わかりました。すぐに用意させます」
「すまないな」


来たときとは打って変わって、足音を忍ばせ去ってゆく左近の背中を見守りながら、今の格好のまま出ても平気だろうか悩む。……羽織一枚くらいは羽織ったほうがいいな。
前、正則に会ったときは妙な雰囲気だったから心配だったが、『石田三成は、他人と仲が悪い。その関係を修復するのだ』には含まれていないようだ。まあ、当然だろう。なにしろ、同じ釜の飯を食って育った仲だ。


『こちらの殿は、加藤殿と福島殿と仲が悪いんですよ』


「……」


今の声は聞こえなかった。左近とか正則のことを考えていたからちっとも聞こえなかった。
さて正則となんの話をしようかな。石田三成は普段、清正や正則となんの話をしているのだろう。やっぱり、秀吉様や秀頼様のことだろうか。


『っかー! こらっ、勝手に入るな! 貴様の姿なぞ今生見たくもない!』


……。
こんな声は聞いたことがない。誰の声だろう。どこかで聞いたことがあるような気もするが、やっぱり知らない。
俺は、なにもしなくていいのだ。ここに存在するだけで、いつもどおりにしていればいいのだ。
(なら、こんな声が聞こえる必要などないだろう? どうして?)


「正則、よく来てくれた」


居心地が悪そうに、しかめっ面をした正則を見たとたん、そんな疑問はどこかへ消えてしまっていた。




evade







09/16