ぱち。
目が覚めた。今日も少し暑苦しいが気持ちの良い朝だ。目覚めも悪くない。いつもなら眠たくて眠たくてしかたないというのに。
「殿ー、失礼しやっすよ」
「あ、左近か。ちょうどいいな。今起きたところだ」
「おや、珍しく寝坊ですか」
襖が開き、父や母のような笑顔を浮かべた左近が入ってくる。しかし……、俺は寝坊したか? 左近にも起こされず、一人でこんなに日が低いうちに目が覚めたなんて、むしろ快挙ではないだろうか?
不思議に思いながらも、『朝起きたらまずは左近』の俺だ。左近に飛びつこうとしたが、寸でのところで踏みとどまった。変な体勢のまま停止してしまったから、ばらんす、が崩れて畳と荒々しい口付けしてしまったではないか!(たしか、きす、とか言うな)畳じゃなくて左近とがいい。
「ちょっ、殿、体の具合でも悪いのですか?」
「いや……、むしろ、左近のほうが悪そう……?」
「えっ、き、聞かないでくださいよ……」
いや、悪いというよりも、なにかがいつもと違う。なんだろうか……。顔はいつも通り渋くてかっこいい。だが、頭がおかしい(変な意味ではなくて)。なんか……足りない。
「お前……っ、黒くてツヤツヤした俺のお気に入りのあれがないではないか!」
「わぶっ、ちょっ、左近の髪の毛をむしらないで! むしらないで! 左近の髪の毛が生えなくなる!」
「ない、ない、ない!」
「あります、髪の毛はあります!」
「耳がない!」
「は?」
左近の頭の上から、腰を覗き込む。尾も、ない!
……慶次と同じ!
「来た!」
「は?」
とうとうディオラマの世界に来たのだ。ここで俺は大変なことをしなくてはならないと聞いた。よくは知らないのだが、“俺はここに来るだけでいい”らしい。そうすると『西軍勝利』のようだ。
んーむ……。とうとうこの日が来てしまったか。楽しみだが、妙に不安だ。
耳も尾もないなんて、どうやって会話をすれば……、いや、ちゃんと音は聞こえているぞ?
「あの……、耳はここに」
「あ」
そうだ、慶次の耳はこんな耳だったな。うっかりしていた。
俺のお気に入りの左近の耳がないのは残念だが……、少しの辛抱だ。……少しって、どれくらいだろう。
あれ、変だな。
妙にこの感覚を知っている。なんだ?
『だ……、だっておかしいではないか! 帰るべき世界があると信じることはちっとも不自然なんかじゃない、むしろ、誰だってそう思っている、当然のことだ!』
……?
聞いたことのある声……、俺の声に似ている。なにを言っているんだ?
「殿?」
「ん?」
「顔色が優れませんが……、本日はゆっくりしておられたほうが」
「あ、いや、平気だぞ」
「そうですか……。なら、離れていただけると左近は安心するのですが」
「む?」
俺は左近の頭にしがみついたまま少し考え込んでしまっていたようだ。別にいつもやってることなのに、今さらケガの心配でもしているのだろうか。
「もうちょっとこうして……おあっ」
墨でくっついてしまった紙をはがすように、左近は俺を引き剥がしマジマジと俺の顔を覗き込む。いきなりの乱暴に俺は目を回しながらも左近の表情を窺った。まるで幽霊でも見たかのように目を見開いて、俺の顔を覗き込んでいる。
少し掴まれた腕が痛いな、と思ったがそれを言える雰囲気ではない。
「殿、どうされた」
「は?」
『ああ、殿は人肌がお嫌いでしたか』
……あ、また声が聞こえる。これは、左近の声だ。
こんなことを言われたことなど、ないぞ。そもそも、俺が人肌を嫌いだなんていつに言ったのだ。……『殿』は『俺』じゃない……? 石田三成の記憶、か? ならさっきの声も、石田三成の記憶?
そんなものが俺の頭に聞こえてくる仕掛けがあったのか。外の人間は凝ってるな。
しかしどうしようか。人肌が嫌いだなんて、そんな困った。
ううむ、石田三成は俺とは別人なのか……。そりゃ、同じ人間なら俺がここに来る意味なんてないけれど。
左近にどう説明したらいいのだろう?
『一度目のときは左近に告げるのを後回しにして、結局不信感を買うはめになった。二度目のときはすぐに左近に告げたはいいが、賢しい左近が『そもそもの前提』について言及してきた。……どちらもあまりいい結果にはならなかったが、これは俺の拙さが招いた結論だった』
「この声」
「声?」
「覚えがある」
声に聞き覚えがあるのではない。台詞に、覚えがある。
……そうだ、“三度目の俺”だ!
失敗した俺の記憶だ。三度目は全てを覚えた状態だったはずだ。四度目である俺は、少しだけ覚えている。
けれど俺はどうしようか悩んでなどいない。一度目の俺が考えた“刷り込み”とやらが、俺になされているのだ。俺はただ、“普段どおりに”生活していればいい。ならば、左近に変な話などしなくてもかまわんということだな。
「左近」
(けれど、全てを思い出したわけではないから、なんだか気持ち悪い)
「甘いもの、柿かなにかが食べたい」
fourth
09/16