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ディオラマの世界が耳や尾がないところだとは盲点だった。俺の世界とまったく同じ世界だと思い込んでいたのだが。慶次もそうだと知っていたのなら教えてくれればよかったのにな。たしか、ディオラマと模倣の世界を行き来してるって言っていたしな。
ま、ここにはいない慶次に文句を言ってもしかたない。俺はこの世界でやるべきことがあるのだ。
しかし、慶次は『ここでなにをすればいいのか』、具体的には教えてくれなかったな(いや、外の人間のことはよく知らないらしい)。『俺』と『石田三成』の違いから、外の人間が思い描くような未来を作り出すとのことだったが、外の人間がどんな未来を求めているのかがわからない(とりあえず、絶滅しない未来だろう? 知らんぞそんなもん)。
耳と尾だけが違うのか? 今のところはそれしか変わらないな。まあ、まだ来訪して三刻だ。とりあえず、左近が水を持ってくるのを待つ。
……水が違ったらどうしよう。透明じゃなくて橙色や桃色だったら、どうしよう。飲めるか?……飲めるか! まあ待て落ち着け俺。まだ橙色や桃色だと決まったわけじゃない。もしかしたら黄梔子の色かもしれん。……救えん。


「さっこーんー、おーそーいー、ひーまー、おーそーい」


近頃、出雲阿国の歌舞伎というものが流行っている。俺は実物を見たことがないのだが、兼続が真似て踊って見せてくれたのがとてもおもしろかった。そのときに兼続が口ずさんでいた音曲を思い出しながら、「左近、遅い、暇」と歌っている。本当に暇なのだ。
普段ならそろそろ着替えて登城したりなんやしているのだが、左近が血相を変えて「今日は休んでください」と言うから休むことにした。ディオラマのことを調べる良い時間ができたと思うことにしよう。


「さっさーささーさっ、ごーん」
「……殿」
「あっ、左近! 遅かったではないか」
「……今、薬湯を持たせますすぐに寝てください」
「だから体は別に悪くないぞ。今日だって左近が『大人しくしていろ』って言うから暇になったのだ」
「……ああ」


左近は顔色を悪くして眉間をつねった。そんなに俺は病人みたいな顔をしているのか? いや、たしかにノドは渇いているがいたって健康、ツヤツヤだ。なにが左近をそれほど心配にさせているのだろう。
もしや、俺の顔に変な湿疹などができているのか?……触ってみるが、そんな様子もない。特別に熱も持っていないし触って痛いところもない。


「なにをそんな不思議そうに自分のお顔を……」
「ん? いや、左近がすごく心配そうにしているから、顔にブツブツが出来たのかと思って」
「……いえ、そんなことは」
「そうか。ならいい。……あ、水」
「あ、はい。こちらに」


どういうわけか気後れているらしい左近は、少し慌てながら盆を俺に差し出した。俺の持っている碗と同じものだ。しかし、中身が少し違うように見える。


「……これは?」
「お湯と湯漬けです。少し……いやとても、体調というか、頭の具合がよろしくなさそうなので、すぐに薬か薬湯も持たせますので……」
「俺は熱い物は食えん。それと俺は薬なんか嫌いだ、苦いものはイヤ。こんなに健康なのに苦い薬なんて飲んでられるか」
「……はあ? ええと……、えええ?」
「なにがおかしい」
「いえ……、冷えたものをすぐに持たせます。しかし、良薬口に苦しと言っていたでしょう……」
「知らないぞ」


誰がそんなモノズキなことを。良薬だろうと俺の舌を萎えさせるから良薬ではない。本当に良い薬は美味しくて、しかもよく効くのだ。そんなことも出来ないで良薬など、思い上がりもいいところだぞ。
しかし、なんでこんな当たり前のことをいまさら再確認しているのだろう? 熱い物が食べられないって、久しぶりに言った気がする。いつもは言わなくても当然のように冷えたものが出てくるというのに。
……そうか、そういうことか!
ようやくわかった。ディオラマと模倣は全く同じではないのだな。耳と尾だけが違うのかと思ったが、人間もまるまる違うのか。
『俺』は『十一回目の石田三成』の模倣だが、考え方や好みは違うのか。
……難しいな。苦いものを平気な顔して飲まなくてはならんのか。


「……いや、体は本当にどこも悪くないから薬は飲まない。ほら、元気元気」


平気な顔して苦い薬を飲むなんてとんでもない。必死に腕を振り回して左近に「俺は元気だぞ」という合図をするのだが、左近の顔色がますます悪くなってしまった。
……この世界の俺は、こんなことしないのかな。まいったな、全然想像がつかない。


「左近、顔色が悪いぞ。俺は自分のことはちゃんと自分でするから、お前こそゆっくり休んだほうがいい」
「……は」
「なんだ」


今後の対応も考えたいから、左近に退室願おうとしたのだが、左近にものすごく変な顔をされてしまった。
もしや、主従は常日頃一緒にいなくてはならんという世界なのか? 文化もまるまる違ったら、対応するのに時間がかかってしまう。


「殿が……、左近に休め、と」
「え……、な、なにか変だったか?」
「いえ……、多分、今の左近は夢を見ているんだと思います……。ちょっと、頬をつねってもらえませんかね」
「えっと……、まあ、いいけど」


断る理由もないし、少しだけイタズラ心が沸いたから俺は左近の頬に手を伸ばした。どれくらいの強さでつねったらいいのかわからなかったから、目が覚めるくらい強くつねってやった。


「むいーん」
「いひゃい!」
「……じょりじょりする」
「いひゃいいひゃい!」


左近のもみ上げはなんだかすごかった。こんなにモサモサしていたっけか。それとも無精ひげが少しはえたのか?


「もおいーです!」
「そうか? 目は覚めたか?」
「……はい。悲しい現実よ、こんにちは」
「悲しいことがあったのか?」
「……いいえ、ともかく、休んどいてください」
「むう、わかった」


変な左近。




sickness







09/14