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馬に乗るのはあまり得手ではない。五日、馬を走らせようやく渡海に至った。
なんでも俺が向かうという急使の報告を聞いた清正が激昂したとかなんとか。本当に仲が悪いのか。だが構ってられるか。
左近の言及に対し返答している暇すら惜しんでやってきたのだから。
『え、朝鮮に? なぜ今? どうして』
『和平交渉だ。時は一刻を争う。今すぐにでも経つ。悪いが、留守を頼むぞ』
たったこれだけのやり取りをして、それから左近の声は頭から放り出しておいた。悪いがまごついている暇はないのだ。和平交渉だって一朝一夕で済む話ではないのだから、それと清正とのこともこなし、その足で正則にも会い……、余裕があれば他の大名との不具合も解消したいのだが……、これは難しいだろう。
明確にいつかは知らないが、もうすぐ『何か』が始まるのだ。きっかけはおそらく秀吉様の死、そして家康が働き始めるのだ。
やっぱり外の人間はなにを思って俺をこんな時期に連れてきたのかわからない。秀吉様の死後すぐに戦が起こるわけではないだろう。だが、たいした猶予もないはずだ。……政治的駆け引き、があるだろう。それを俺がこなさなくてはならないのだろうか。だが、これは、各々の義というものが問題になるだろうから……、少なくとも石田三成というものに対する反感を弱めなくてはならんな。
……いかん、船酔いしてきた。
少しぼんやりするか……。
「三成様、着きました」
「あ……、ああ、すまない」
寝ていた。
不安なことが目の前に迫ってくると、どうしてか眠くなってしまう。そして不思議なことに寝て起きるとその不安が薄らいでいる。
出発したときよりは、清正とのことを不安に思う気持ちは和らいだ。だが、轡が一歩また一歩と進んでいくうちに不安は頭をもたげてくる。
「あちらです」
「うむ。案内、ご苦労だった。しばらくは体を休めておくといい」
「は、ありがたきお言葉」
馬を降り、周囲を見渡す。日本と似たような光景が広がっている。……そうだ、日本の文化というものは明からの影響が大きい。その通り道にもなる朝鮮もまた似通っているのは当然のことだ(しかし、やはりどこか日本とは違うものだな)。
このまま立ち竦んでいても仕方あるまい。まず、陣幕をめくり中へ入らなくてはならない。……緊張するが。
「石田三成、ただいま到着いたしました」
……。
応答がない。誰もいないのか?
「……あの」
「三成じゃと! 貴様の居場所なぞここにはあらん! とっとと帰れ!」
「ぶわっ……」
な、なんだこの怒声は。
中を覗こうとした途端、けたたましい怒声が耳をつんざき、思わず手を引っ込めてしまった。戦場で聞くような声量だ。
しかし、失礼なやつだ。……いや、もしや、清正か?
「き……、清正か?」
「しばらくわしの姿を見ないからと言ってせいせいしておったか! よもやこの声を忘れるなど!」
清正だ。
……ああ、まず、お互いに姿を見せるところから始めなくてはならないのか。ここまでひどいものとは思ってもいなかったぞ。
「清正……、話があるのだが」
「和平じゃと? わしゃ認めん、あと少しで明まで兵を進めることができよう、餌を目の前にしておめおめと引き下がれるかッ!」
……耳が痛い。
「ともかく、入るぞ」
「ならぬ!」
「ならぬもなにも……、お互いにまず姿を見せ合わねば話にならんではないか。失礼する」
「っかー! こらっ、勝手に入るな! 貴様の姿なぞ今生見たくもない!」
「もう入ってしまった」
「ならわしが出てやるわ!」
俺よりも遥かに背の高い清正は大股で俺の隣を通り抜け、本当に出て行ってしまいそうなる。慌てて清正の腕を掴み、俺は大声で叫んだ。
「話を聞け!」
「触るな!」
「聞け!」
「触るな!」
「触らないからともかく話をだな!」
「……ちっ、しゃんねえ」
話をするのに、これだけ苦労するなんて!
普段、どういう会話をしていたらこれほど拗れるものなのだろうか。本当に一朝一夕じゃどうにもならん。むしろ、間に合うのかすら不安だ。
doze
09/16