悩んでいる暇なんてもったいない。答えのないことを考えている時間が惜しい。
そんなことをしている暇があるなら、シナリオを成功させる方法を考えるのだ。
「……ふむ、三成が朝鮮に、のう……」
「はい。失礼ながら申し上げます。予想外に苦戦を強いられている昨今、これ以上は消耗戦になってしまいます。秀吉様が寵愛される兵たちを思うのならば、どうかこの三成を朝鮮へ向かうことを許可していただきたく存じます」
「……三成、わしはのう、日本はちと狭すぎると思うんじゃ。明は大国、あの領土があれば、わしの可愛い兵や大名たちに与える土地が増える」
「与える対象が、いなくなってはそれはできません。豊臣の天下を守るために、どうか」
「駄目と言ったら」
「……勝手に朝鮮へゆきます。そして、腹を斬ります」
「……ふうむ」
まあ、死んでしまってはシナリオがどうなどと言えはしないのだが(そのときはまた同じ世界を繰り返してしまうだけ。そうしたら別の方法を考えるしかあるまい)。
「まあ、ゆくだけゆくがよい。三成にそこまで言われてしまったならば、わしは許可を出さないわけにゃいかん。お前が本当に豊臣のことを考えてくれていることを、わしはこの身に沁みて知っておる」
「あ……、ありがたく存じます!」
慌てて頭を下げ、秀吉様は扇子をバッと開き、笑って退室した。
とても、計り知れないほど信頼されている。それなのに、清正や正則とうまくいっていないだなんて。……石田三成、難しい男だ。
許可が出たのならば早急に準備をしなくてはならない。一朝一夕では修復できるほどの溝ではないと左近が言っていたのだ。それに、清正や正則だけではなく、朝鮮との和平交渉もある。……ひとりで全てをこなさなくてはならないのだ。もたもたしておられん。
頭をもたげ、まずなにを優先させるか考える。
清正たちは朝鮮の地でどのような気持ちで、戦っているのだろうか。そこがわからないと、どう口説いたらいいのかわからん。しかしこれは現地に赴かなくてはわからない話だ。
まず、和平文書の構成を考えなくては。それから急使も送らなくては。左近にも留守の間よろしくと言わなくてはならん。従者の数はそれほど必要ないだろう。あまり多いと不審を買うかもしれない。
屋敷への道すがら、ずうっとそのことばかりを考えていたが、左近は反対するだろうか?……しないだろうな。少なくとも以前の様子からは、朝鮮攻略に対し良い感情は見当たらなかった。
そして一番の問題。“今の俺”は、清正たちとの間を上手く取り持つことができるだろうか? 随分俺も変わったと思うが、まだ客観的に見た自分がどんなものなのかよくわからない。少なくとも、二度目のときのような悪循環には陥っていないと思っているのだが。……これもまた、現地に赴かなくてはわからんな。
「……しまった!」
「うわっ」
「あ……、す、すまない」
ある一つのことに気付いた俺は、ひとりで大声を出してしまった。しかし近くに人がいたらしい。驚いたような声がすぐ傍で響く。
「いえ……、お、お気になさらず」
「これは……、山内殿ではありませんか。どうしてこのようなところに?」
「あ、その、最近、秀吉様の具合があまりよくないと聞くもので」
「ああ……、わざわざご苦労様です」
そこで俺は会釈し、山内殿に背を向ける(山内殿は秀吉様からの信頼も厚い人間だ。多分、西軍だろう)。
ひとつ気付いた大事なことと言うのは、今現在、正則は朝鮮にいないということだ。……やってしまった。少し前まで朝鮮にいたから、うっかりしていた。
これは急ぎ朝鮮へ向かい、清正と朝鮮とを取り持ち、すぐに正則に会いに行かなければならない。人間が多少違えど、大まかなところではほとんど変わらないのだ。……やってしまった。考えることを少しおろそかにするとボロが出てしまう。
「あ、あの……」
「はい?」
もうとっくに城へ向かったと思ったのだが、山内殿はまだそこに立ち、俺を呼び止めた。
どうにも山内殿は『マイペース』なところがある。その雰囲気が俺は嫌いではないのだが。
「秀吉様の加減は、どうでしょうか」
「ああ……、先ほどお会いさせていただきましたが、お元気そうでした。ただ何分お年を召してらっしゃるので……。秀頼君はまだ幼く、今秀吉様がいなくなってしまわれると、豊臣の未来は不安定なものになりかねません。どうか、その信義の篤さを見せ、秀吉様をご安心させていただければ」
「……三成殿は、本当に豊臣の未来を案じておられますなあ」
「当然のことです。蒙った恩恵は計り知れません」
「そうですか。ああ、引き止めてしまい申し訳ない」
「いえ……、道中お気をつけて」
今度こそ山内殿と別れ、俺は痛んできた頭をひねる。
三度目だというのに、後手後手に回ってしまう。最悪、清正とだけでも、どうにかしなくてはならない。
……ああ、くそ、不便だ。
全てを知っていれば楽なのに。これでも俺はまだ、全てを知らないのだ。
シナリオ完遂後の模倣の世界もそうだが、西軍と東軍のはっきりとした内容も知らない。家康が東軍であるということは知っているのだが。
ただ、俺たち豊家恩顧の臣が仲違いなどしていれば西軍が揺らぐという予測で動いている。……はやく朝鮮へ向かわなくては。
「朝鮮に行く」
「はい?」
outmaneuvered
09/16