「おや、随分雰囲気が変わったようだな? どっちの三成だ?」
「模倣」
「ふうん……? 荒波に揉まれて、すっかり意気消沈ってところか」
「そうか?」
「そうだ」


慶次に会った。
気分転換をと思い、城下を歩いていたら偶然にだ。すっかり日も暮れて昼の厳しい暑さが嘘のようにどこかへ行ってしまった。それでも歩いているといつのまにか汗がにじみ出ている。
相変わらず暑苦しい髪型の慶次は、道端にしゃがみこみ手をこまねいた。だから俺はその隣に同じようにしゃがみこむ。


「そんなつもりはない」
「……なんか、石田三成に似てきたなあ? 環境がそれならばそういう人間になるもんなのかねえ」
「そんなことはない」
「ああ、でもそこまで似てないな。お前さん、目が死んでるよ。憔悴しきってる感じだ。嫌われ者は大変か?」


指先で砂をつつく。手が汚れるのが少し気になったが、別にかまわないとすぐに思い直す。暗くなってきて地面になにを書いてもわからない。


「……考えていた。シナリオを終わらせたら、模倣の世界がどうなってしまうのかを」
「そうかい。で?」
「捨てられてしまう、と思う。だから俺たちは消滅してしまう。でもそれは決定されたことではないから、真実を知りたい。だから俺はシナリオを成功させようと思っている」
「今から?」
「そう、今からでも。慶次は、何度も見てきたのだろう。模倣の世界というものは他にもなかったか?」
「あったよ」
「その世界は、どうなったか知っているか」
「それを知って、お前はどうするのさ」
「……知らん」


慶次は言葉少なに俺の質問に答える。ディオラマと模倣の話をしているときは、慶次はいつも静かになる。いや、普段から達観したような雰囲気を作ってはいたが、それに拍車をかけて、妙な威圧感を作る。


「……知らないねえ。あんまり興味もなかったしな」
「そう、なのか」
「それで、なにか収穫はあったのかい? シナリオに関して」
「……石田三成は、あまり好かれていない。だから、西軍は負けるのだと思う。皆、敵へ行ってしまうから。そうならないために、最低限清正や正則だけでも仲違いなど解消させなくてはならない。しかし今は朝鮮出兵でいないから、しばらくはこちらに残っている人たちとの間も取り持つことにする」
「そうか。難儀だねえ」
「……それが天命というものなのだろう?」
「……今のお前さんが、誰になにを言っても逆効果かもしれんよ。ああ、本当に難儀な御仁だなあ」


……そうだ。
そもそも、“俺”は『石田三成とは違う人間』でなくてはならない。そして、『人から愛される存在であるべき』だと。それなのに慶次も左近も、今の俺にはなにもできないという。
俺にはきっと、無知から生まれる無邪気さがあったのだ。今の俺には、それがない。無知ではなくなったと言うのではない(むしろ、俺は未だに無知だ)。ただ、“無知であることを自覚したと言葉にする術”を得てしまった。なにもかも悟ったような可愛げのない表情をしているに違いない。


「無知であることには変わらないのに、言葉を知って、多くを考えるようになって、変に見透かした目をしているせいで、俺はこうも可愛げがなくなる。人とは、本当に紙一重で愛され、憎まれるのか」
「三成をよく知ってるやつは違うなと思うだろうが、よく思っていないやつはそうとは思わないだろうね」
「……今の俺には、ここにいる意味なんて、やっぱりないんだな」


どれほど言葉を尽くして思考しても、身にはつかないものだ。つまり、考えるだけでは結局意味はない。実践に移せなくては、ただの虚像でしかない。しかし行動に移すにはいったん考える必要もある。
俺は、次の段階にいつまでも進めていない。


「ここにいるのならば、何かしら意味はあるんだ。それがなにかを見極めるのが、今お前がすることだろう?」
「シナリオは?」
「成功させたほうが良いか悪いかって聞かれたら、悪いとは言えないな」
「回りくどい」
「ははっ、お前は言葉に縛られてるんだよ。言葉を覚えたばかりの子供みたいだ。なにもかもを言葉にしなくてはならない使命感じみたものを感じてる」
「できるなら、言葉にしたほうがわかりやすい」


こつん、と慶次の拳が俺の額を叩く。俯いていた俺は、ようやく慶次の顔を直視することができた。険しい顔をしているのかと思ったが、穏やかな笑みを湛え俺を見ている。


「笑えや」
「でも慶次、俺は、笑い方を忘れてしまった」


以前は、どうやって笑っていたのだろう。なにが楽しくて笑っていたのだろう。




sand







09/16