外の人間は、どうしてこの明らかな失敗作を放置しているのかわからない。

俺はもはや傀儡にもなれぬただの木偶の坊だ。未来を変えようなどという気概もなく、ただ小賢しく言葉をこねくりまわしてばかりで、なにひとつ行動に移すことができない。
言葉なんて知っても別にいいことはなかった。ただ、自分の言い訳を募る方法が増えただけだ。
どうしてやり直さない? 俺になにをしろというのだ? 絶望ばかりしている俺に!
今さら、なにも考えずにただやるべきことをやれと言われて、できるものか。それでいられたならばある意味では幸せだったのかもしれない。幸福のうちになにも知らずに消えてしまうのだ。
左近は「可能性の一つ」と言っていた。可能性なんて言葉を使っても、意味は変わらない。しかし、それはよく的を射ている。ディオラマのシナリオを遂行すれば模倣の世界は必要なくなる。良くて放置されるだろう。放置されたならばどうする?
ただでさえディオラマは細かに監視され、丁寧にひとつひとつを進めている。放置されたならば? 同じ未来を辿るだけだ。模倣の世界は違うとは言えど、『人間』の根本的な性質を継承しているのだ。獣の要素を取り込まれているとしても。だから、同じ未来にしか辿りつかないだろう。少し違うかもしれんが、変わらない。
根本的な人間が変わらないからディオラマのために模倣を創ったのだ。『今』はいいかもしれない。だが、今後どうなるかなどわからない。

……いや、同じ未来を辿ろうと、俺は天寿を全うすることができさえすれば充分だ。だが、放置された場合、もっと大きな問題がすぐ目前にせまっているとしたら? 例えば、天変地異のようなものだ。もし人間が手塩にかけて模倣を創りだしているのだとすれば、放置されたら崩壊してしまうのは目に見えている。……これは、飽くまでも『可能性の一つ』だ。
放置されるのは『良くて』の場合だ。それ以外はポイしか考えられん。
ポイされてしまったら、俺たちは“最初から”その存在はなかったもののように扱われるのだ。いや、扱いもしない。もう誰も、知らないし、忘れるのだ(少なくとも、『今回の左近』以外は)。
ディオラマに存在した石田三成という人間が勝利するために生かされた『俺』という存在があったことなど、どんな書にも残らないし、誰も語り継がないだろう。
……違う。俺は、歴史にその存在があったことを遺したいなどとは思わない。ただ、『当然のように生きて死ぬ』それだけが望みなのだ。
その権利すらも剥奪され……、いや、最初から存在していなかったことを知った。
ああ、知りたくなかったよ、誰だってそんなこと、考えもしないだろう? 健常な人間は、生きていることが当然だと思うものだろう? なにか不慮の事故があったとして死ぬことは考えられても、まさか、自分の生きる世界そのものから消えてしまうなんて、誰が想像できる?
こうやって俺はひたすらに自分の境遇を嘆いている。けれど、未だに実感が沸かないのだ(そうだと信じてしまいたくない)。
左近の言いたいことがはっきりとわかったわけじゃないけれど、少しだけならわかったと思う。
俺は自分本位だ。
たしかに今の俺には他人に好かれるようなものは持っていないと思う。だが、俺が“今得ようとしている実体のないもの”を極めれば、望みはあるのかもしれない。
前の俺はただ思考しようとしなかったペットのようなものだった。今の俺は、俄かに小賢しい知識を身につけ、それをあたかも知恵のように振り回しているばかだ。本当に賢い人間は、いくらでもばかを演じることができるのだ。だから、俺がその境地まで行くことができれば、いくらでも以前のように無駄に笑い、子供のような俺を演じることができる。
……だが、俺は確乎たる決意を持っていない。あいまいな気持ちで演じきることなどできるわけがない。本当に俺は“西軍を勝利に導きたい”のか?……そうだ! 導きたい! そして、俺は真実をこの眼に焼き付けるのだ!

不確定の真実。

本当に消えてしまうのか、この目で確認すべきだ。俺が考えることをやめてしまったのならば、きっと、消滅してしまったと考えればいい。何も無くなったということを、“無くなってしまった俺”が知覚することができるのかなんてできるのかは知らん。だが、“俺”が“俺”を認識しなくなったら俺は消えてしまったということだ。
俺が、俺を持続して認知することができたならば、俺は、生きているのだ。
考えても仮定しか生まれない。俺は真実をこの手にするために西軍を勝利へと導こう。これもまた自分勝手な結論だが、人間なんてそんなものだ。あれも、これも、と手を伸ばしたところで、なにを拾えるというのだ。

ああ、そうさ。

自分以外の人間の気持ちなんて、汲み取ることなんてできやしない。憶測でしか語れないのだ。外の人間の考えてることなんか知らない。知る意味なんてない。俺は、俺のために、大切な人のために生きるのだ!

(それのどこが悪いっていうのさ! 偽善だって! この気持ちは紛う方なし真実である!)


「……“石田三成”、一世一代の大仕事、か。諦めようとしたなんて、俺はどうかしている」


考えるべきことは考えなくてはならない。だが、考えなくてもいいことがある。取捨選択すらままならなかった俺ではない。
限りなく受動的な選択かもしれない。それでもいい。どちらにせよ俺はこの道を選ぶ以外にはなにもないのだから。選択肢なんて存在していない。どう足掻いても俺はこれをするために生きてきたのだ。
誰に批難されようと、左近に自分勝手だと言われても、構いやしない。


誰にだって、俺の意志を阻害する権利は持っちゃいない!




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09/16