『おもしろい? 変なことを言うな。……全てが終わって「ああ、おもしろかった」って言えれば、いいな』
『言ってやるさ、お前の前で。「これでお前はもう循環しなくていいのだぞ!」ってな。このシナリオが終われば、おそらくこの時代はやらないのだろう?』
『ははっ、だといいな。……それを覚えていたならば、の話だがな』
『忘れるわけないだろう?』
『……だといいな』







登城し、秀吉様とおねね様に会った。俺の知っている二人と少し違う。けれど会話は滞りなく進み、なんの疑問も抱かれずに終わった。
浅野幸長殿に会った。なにか嫌味を言われたような気がする。石田三成とは仲が悪いらしい。反論する気もなかったので適当に受け流した。他にもいろいろな人間に会ったが、どんな会話をしたか覚えていない。たいていは、遠まわしな嫌味だったと思う。
疲れた。


次の日も登城し、似たような日を過ごした。
なにをしていたかは覚えていない。朝鮮出兵の、兵糧の手配について少し言われたような気がする。屋敷に戻ってそのことに頭を悩ませたと思う。
左近はなにも言ってこない。


その次の日も登城し、平穏に過ごした。
誰になにを言われたか、これもまた覚えていない。
ただ、石田三成は本当に嫌われている。それも、仕事をうまくこなすから逆恨みに近いものもあるようだ。……不器用らしい。


そういえば、俺のすべきこととはなんだっただろうか。
西軍を勝利に導くことだ。たしか、仲の悪い人間がたくさんいるからその仲を修復すればいいのではないかという話だった。
けれど、俺はまだなにも考えていない、カイライだ。
明確な意志を持たずに行動に移すと、後悔するらしい。その結果で多くの人が死に、また生きると。西軍を勝利に導けば、西軍側の人間は多く生き残るだろう。戦で兵は死ぬかもしれんが、将たる人間は生きる。その代わり、東軍についた将たちは多くが処刑される。逆もまたありうる。
……だからどうだという。結局、意志を持っていてもいなくとも、必ず人は死ぬ。後悔? どうして後悔するのだ? 意志は必要なのか? 俺は単なるカイライなのだろう?


屋敷に戻ると左近がなにかを言ってきた。あまり覚えてはいない。
多分、ディオラマや模倣について少し気遣っていたと思う。あと、俺についても。自暴自棄がどうとか言っていたと思うが、俺は意外にも落ち着いている。なにもかもどうにでもなれと思っているわけではなくて、どうするべきかを冷静に見極めようとしている。
でも俺はまだうまく考えられない。


なにか書でも読んでみようと思い、暇な時間を使っていろいろ読んでみることにした。石田三成は源平合戦が好きらしい。
何度負けても最後には勝つ。生きることは恥ずべきことではない。
そんな走り書きがあった。
だからなんだ。生きているかどうかも定かではないのに。
とりあえず、いろいろ言葉を知ったからこうして日記みたいなものをつけている。書いて覚えるのが一番だ。これは単なる逃げだとわかっているけれど。


最近、少し感傷的すぎる気がする。
いや、あまり興味がない。いろいろなことに。これが自暴自棄というやつか。よく知らない。
やっぱり登城するといろいろな人間に嫌な顔をされる。けれど、全てに嫌われているわけではないらしい。
忘れているわけではない。俺は仲の悪い人間と以下略。
けれど、まだ俺は考えられていないから行動に移せない。


俺はあまり笑わなくなったと思う。左近が俺の笑顔が好きとかくさいことを言っていたことを思い出した(少し余裕ができたのだろうか)。
けれどこの世界の左近はそんなこと言わないし、秀吉様も、おねね様も、そんな俺についてなにも言及してこない。俺の知っている秀吉様やおねね様なら、これほど感情の起伏がない俺を見たら驚いてなにがあったと聞いてくると思う。それとも俺が気付いていないだけで、本当は笑っているのか?
そろそろ行動に移さなくては、間に合わなくなってしまうかもしれない。けれど、俺はまだ、考えられていない。




「逃げですよ」
「なにが?」
「この日記自体が」


左近が勝手に俺の日記を読んで、パタパタと揺らしながら呆れ顔で言った。勝手に読むなんて、と思ったが、読んでくださいと言うように文机の上に置いておいたのは俺だ。
しかしどうして呆れ顔なのか、少しわからない。


「『考えられない考えられない。だからまだ行動に移せない』……左近が以前に言ったことを気にしているのだとは思いますよ。けれど、これは『あなたが行動に移さない理由』に摩り替わっている」
「意味がわからん」
「あなたは惰性にこの世界でぐだぐだしようとしているのではないですか? いつかどうしようにもならない時が来ることを知っていながら、真実を知るのを先延ばしにしている。『行動に移せば嫌でも真実について考えなくてはならない』と思う。だから『行動に移したくない』。その理由としてあなたは左近の言った『考えろ』を使用しているにすぎません」
「俺はお前が言ったから考えようとしているだけだ。俺がなにを思い、どうして行動に移そうとしているか。それを考えて、納得した上で行動に移そうとしている。後悔はしたくない」


そう口では言いながらも、左近の言うとおりなんだろうな、と遠いところで思った。


「いいですか、左近が言いたかったのはそんなことじゃない。あなたは根本的に勘違いしている。生きることを望んでいたはずのあなたは、今や傀儡に等しい。ただ懐古して昔に戻りたがっている」
「俺に考えることを強制したのはお前だ。俺が何も知らないままでいたならば、此度のシナリオは成功していたかもしれんな。お前こそ、自分のことばかりではないか? 西軍の、石田三成の勝利がそれほど欲しいものか? だって、お前の言うことは『ディオラマのことを考えろ』ばかりではないか。お前こそ模倣のことを考えはしないのか? 俺ばかり責める、俺ばかりなにかをしなくてはならない、俺ばかり考え、俺ばかり決断しなくてはならない!」


理不尽だ。


「……今のあなたはちっとも、人に好かれる要素なんて持ち合わせていない。あなたがここにいる意味を、今のあなたは失っている。このシナリオは失敗でしょうね。また次のお話のときにお会いしましょう」


それなのに、視界は正常のままだ。




due







09/16